ところが縁というのは不思議なもので、その数年後私は三浦つとむの『日本語はどういう言語か』に偶然出会う。読了後すぐに『認識と言語の理論』の第一部と第二部とを手に入れて(そのあたりのことを「三浦つとむ『認識と言語の理論』 まえがき 」(2008年2月27日)に書いた)これらと格闘を始めたのである。
子どもの頃からことばの不思議さに惹かれずっとことばに興味を持ち続けてきた私に、ことばとは何であり、こころとことばの関係がどんなものであるかをきちんと説き明してくれたのがこの三書であった。それまで読んできた言語関係の書物はことばの周囲をぐるぐる回るだけでその核心に迫るようなものではなかった。
時枝誠記の言語過程説を継承した三浦の言語学は、現実と向かい合った人間が現実の対象と対峙している自分の意識とその内容(認識)をいかにして言語として表現するか、その認識と表現の過程を探究する科学である。大概して言えば、三浦はそれを『認識と言語の理論』の第一部と第二部において認識論・表現論とに分けて論じているのだが、その論理のエッセンスが『経済学・哲学草稿』の第三草稿「三、ヘーゲルの弁証法と哲学一般の批判」において「外化」(がいか)あるいは「疎外」(そがい)という概念を用いて展開されているのである。
ヘーゲルの『精神現象学』が平易な長谷川宏訳として新たに出版されていることを最近になって知り、思い切って購入したもののなかなか読む気にならずそのまま放ってある。そうこうしているうち、その長谷川宏の訳で『経済学・哲学草稿』が出た(6月20日・光文社文庫)と聞いてさっそく購入した。こちらはすでに城塚登・田中吉六訳を苦労して読んでいたので、比較的スムーズに読み進むことができた。日本語訳は平易で分かりやすい。特に、第三草稿「三、ヘーゲルの弁証法と哲学一般の批判」はこちらの方がずっと分かりやすかった。格調高いのは城塚登・田中吉六訳の方で、含蓄が深いともいえようが、経済学的な部分はともかく、哲学的な部分については長谷川宏訳の助けを借りる方が理解しやすいと私は思う。
解説
長谷川 宏
『経済学・哲学草稿』は一冊の書物としては、はなはだ中途半端な、不完全な作品である。
草稿が書かれたのは一八四四年、マルクス二六歳のときだ。公表を意図しての執筆だったが、下書きの途中でマルクスが投げ出す形になって、草稿は完成しなかった。当然、マルクスの生前には公表されることがなかった。草稿が初めて日の目を見たのは、マルクスの死後四九年経った一九三二年のことだった。
草稿が途中で放り出されて完成稿に至らなかったことが本の不完全さの最大の要因だが、それだけではない。マルクスの書き残した草稿の一部が紛失してまでいるのだ。(中略)… 第二草稿全体の1/4に当たる部分が無くなっているのだ。紛失をまぬかれた部分がこの文庫本で12ページほどになるから、紛失部分はその3倍として36ページに相当することになる。しかも、第三草稿の「一、私有財産と労働」および『二、社会的存在としての人間」は、第二草稿の二つの箇所にたいする補足説明の形を取っているが、その二つの箇所が紛失のページにふくまれる。つまり、本論が無く、補論だけがあるというおかしなことになっている。
(中略)…
ということは、公刊の条件の整わないものをあえて一冊の本に仕立て上げたもの、それが『経済学・哲学草稿』だということだ。
本の欠点をあげつらう書き出しになったが、駄目な本だと思ってそう書くのではない。そんな中途半端な、不完全な本だが、にもかかわらず、丁寧に読めば、マルクスのほかの著作にはない青年期の輝くような思考や思想をそこに見つけることができる。それがわたしの本当の思いで、だからこそ訳に手を染める気にもなったのだ。前後の脈絡をつけにくい本だが、それは草稿が未完成だからでいたしかたない。前後のつながらないところは、読者も気持ちを切り換えて、そこから新しく論が始まるようなつもりで読みすすんでほしい。すると、そこに別の視界が開けてくるはずだ。そんな思いがあって、草稿の不出来なありさまに言及することになったのだ。
以下、読む上で大切だと思われる事柄にふれておきたい。
1
題名の“経済学・哲学草稿”は一九三二年の初公刊のときに編者がつけたものだが、いい命名だ。青年マルクスが経済学と哲学の交叉点に身を置いて社会の現実にせまろうとしているさまをいい当てているからだ。
一方に、産業革命以後、急速に工業化への道を進めつつある資本主義社会を分析する国民経済学がある。アダム・スミス、セイ、リカード、ジェームズ・ミル、シュルツなどが代表的な論客で、マルクス自身、この本のあちこちでかれらの言を引用している。他方に、ヘーゲル哲学を引き継ぐ形で宗教批判を強め、新しい人間学を模索する批判哲学がある。フォイエルバッハ、シュトラウス、ブルーノ・バウアーなどがその系列の哲学者だ。
青年マルクスは、国民経済学からも批判哲学からも多くを学びながら、そのいずれにも同調しない。多くを学びつつも、そのいずれをも根源的に批判し、みずからの新しい思想ないし学問を打ち立てようとする。それは、経済学と哲学の交わるところに成立するような思想であり、学問だ。第一草稿の「四、疎外された労働」と第三草稿の「二、社会的存在としての人間」にその萌芽を見てとることができる。
“経済学・哲学草稿”という題名に従って単純に割り切れば、第三草稿の「三、ヘーゲルの弁証法と哲学一般の批判」と、付録「『精神現象学』の最終章「絶対知」からの抜き書き」の二つが哲学の草稿で、それ以外が経済学の草稿となろうが、その割り切りは本の魅力を損(そこな)うおそれがある。さきに挙(あ)げた第一草稿の「四」と第三草稿の「二」は本書のなかでも青年マルクスの生き生きとした思考がもっとも躍動する章だが、その躍動は経済学の枠に納まるものではなく、まさしく経済学的思考と哲学的思考がぶつかり合い、せめぎ合う中で醸(かも)し出されたものだからだ。
たとえば、第一草稿の「四」につぎのような文言(もんごん)がある。
動物は、その生命活動と隙間(すきま)なくぴったり一体化している。動物は生命活動そのものだ。たいして人間は、生命活動を意思と意識の対象とする。生命活動を意識的におこなうわけで、生命活動とぴったり一致してはいない。意識的な生命活動をおこなう点で、人間は動物的な生命活動から袂(たもと)を分(わ)かつ。そのことによって初めて人間は類的存在である。いいかえれば、人間はまさしく類的存在であることによって、意識的な存在であり、みずからの生活を対象とする存在である。だからこそ、その活動は自由な活動なのだ。(本書102ページ)
「生命活動」「意識」「類的存在」といったことばは哲学になじみの深い用語だが、人間と動物を対比したこの一節のなかでそれらの用語が見事に生きている。資本主義社会において疎外された労働を、疎外のむこうにある人間の本質とかかわらせることによって自由な生命活動ととらえる。そういう哲学的思考がここには働き、その思考の躍動が用語に生気をあたえているのだ。
そして、人間本来の生命活動は、人間の意志と意識に導かれるものであるとともに、人間と自然との根本的な交流を示すものでもある。
人間が動物を超えて普遍的になればなるほど、人間の依存する非有機的自然の広がりも普遍的になる。植物、動物、石、空気、光などが人間の意識に入りこみ、理論的な面では、ときに自然科学の対象に、ときに芸術の対象となって、精神的な非有機的自然ないし精神的な生活手段として、加工した上で享受(きょうじゅ)され消化される。と同時に、植物、動物、石その他は、実践的な面でも、人間の生活と活動の一部をなしている。自然の産物のあらわれかたは、栄養、燃料、衣服、住居など種々雑多(しゅじゅざった)だが、肉体的存在としての人間は、そのような自然物に依存しないでは生きていけない。人間の普遍性は、実践的にはまさしく人間が自然の全体を自分の非有機的自身体とする普遍性のうちにあらわれるので、そこでは、自然の全体が直接の生活手段であるととともに、人間の生命活動の素材や対象や道具になっている。自然とは、それ自体が人間の身体ではないかぎりで、人間の非有機的な肉体である。人間が自然に依存して生きているということは、自然が人間の肉体だということであり、人間は死なないためにはたえず自然と交流しなければならないということだ。人間の肉体的・精神的生活が自然と結びついているということは、自然が自然と結びついているというのと同じだ。人間は自然の一部なのだから。(本書100~101ページ)
2
「疎外(そがい)」ということば、そしてそれに相似(あいに)た「外化(がいか)」ということばについては、説明しておいたほうがいいだろう。
どちらもヘーゲルが『精神現象学』その他の著作や講義で使い、マルクスはそれを引き継いで使っているのだが、まず注意すべきは、肯定・否定の両面の意味を持つ用語だということだ。たとえば、わたしがパン作りを思い立ったとする。思い立っただけではパンは出来ず、体を動かして思いを実現しなければならない。材料となる小麦粉や酵母(こうぼ)や砂糖や食塩やバターをそろえ、量を調整し味加減を按配(あんばい)した上で材料をこね合わせ、オーブンで焼かねばならない。そのように、パンを作ろうという意志を実行に移し、実際にパンを作り上げること、それが肯定的な意味での「疎外」ないし「外化」だ。ところで、自分の意志でパン作りを思い立ち、自分が台所に立ってパンを作ったというなら、そのパンは自分のものだし、自分で食べるのも他人にふるまうのも自由だが、パン工場で働く労働者となるとそうはいかない。作ったパンは労働者のものではないし、労働者が自由に扱えるというものではない。かれが(あるいは、かれらが)作ったことはまちがいないが、作ったパンは、かれの(あるいは、かれらの)ものではなく、かれ(ら)とは別のだれかのものだ。そのように、労働の生産物が、作り出した労働者とは別の人間の所有物となり、当の労働者にとってよそよそしいものとなること、それが否定的な意味での「疎外」ないし「外化」だ。
が、否定的な「疎外」ないし「外化」は、労働の生産物が他人のものに、よそよそしいものになることころに示されるだけではない。パン工場の労働は、パン作りの計画も、製造の手順や役割分担や時間割りも、労働者自身が決めたというより、他人の決定に労働者が従わされているといった形を取る。労働の生産物が他人のもの、よそよそしいものになっているだけでなく、労働そのものが他人のもの、よそよそしいものになっていて、それも「疎外」ないし「外化」の名で呼ばれる。
マルクス自身の言うところを聞こう。
さて、労働の外化とはどんな形を取るのか。
第一に、労働が労働者にとって外的なもの、かれの本質とは別のものという形を取る。となると、かれは労働のなかで自分を肯定するのではなく否定し、心地よく感じるのではなく不仕合わせに感じ、肉体的・精神的エネルギーをのびのびと外に開くのではなく、肉体をすりへらし、精神を荒廃させる。だから、労働者は労働の外で初めて自分を取りもどし、労働のなかでは自分を亡(な)くしている。労働していないときに安らぎの境地にあり、労働しているときは安らげない。かれの労働は自分の意志にもとづくものではなく、他から強制された強制労働だ。欲求を満足させるものではなく、自分の外にある欲求を満足させる手段にすぎない。肉体的強制その他が存在しないとき、労働がペストのように忌(い)み嫌われ遠ざけられるところに、労働のよそよそしさがはっきりと示されている。外からやってきて人間を外化する労働は、自己犠牲の労働であり、辛苦(しんく)の労働なのだ。最後に、労働が労働者にとって外的なものだということは、労働がかれ自身のものではなく他人のものであり、他人に属すること、労働のなかでかれが自分ではなく他人に帰属していることのうちに見てとれる。(本書97~98ページ)
これが疎外された労働のすがただ。いま世上をにぎわす「派遣労働」の問題点を、青年マルクスはいまから一七〇年ほども前にしっかりと見据(す)えていたといえようか。
以上、「疎外」ないし「外化」という用語が肯定の意味と否定の意味とを合わせもつことを分かってもらえただろうか。
その上で、「疎外」と「外化」との微妙なちがいにも触れておくと、人間の内面的な意志や意識が現実の物や出来事となって実現される、という肯定的な意味のときは「疎外」よりも「外化」が使用されることが多く、実現された物や実現の行為が他人に奪い取られるという否定的な意味のときは「疎外」の使用率が高い。
とはいえ、全体を見わたすと、いまいう微妙なちがいよりも「疎外」にしても「外化」にしても、肯定・否定の二つの意味のうち否定的な意味で使われることが圧倒的に多い、という事実のほうが強く印象に残る。資本主義批判を大きなねらいの一つとする草稿の性格からして、そうなるのは当然のことだが、しかし、わたしたちは肯定的な意味での「外化」ないし「疎外」のありようにも十分に意を用いるべきだと思う。若きマルクスの柔軟にして奥行きのある哲学思考がそこに息づいているのだから。
3
疎外された労働のそのむこうには、人間と自然がゆたかに交流する本来の労働がある。人間が人間として働くかぎり、疎外された労働のなかでも本来の労働がまったく消えてなくなることはない。疎外された労働のなかにも労働の喜びは宿る。本来の労働が呼びさます喜びだ。本来の労働が完全に消滅すれば、労働の喜びはなくなるし、疎外を疎外と感じる心もなくなるだろう。そういう疎外の極限状態を観念的に想定しつつ、しかし他方、マルクスは疎外された現実の労働のうちに、あるいはそのむこうに、本来の労働のすがたを透視しないではいられなかった。
本来の労働は人間と自然との自由な関係の上になりたち、その関係をゆたかに発展させていくものであるとともに、人間と人間との自由な関係の上になりたち、その関係を――人間の社会的関係を――ゆたかに発展させていくものでもある。労働が社会的性格をもつこと、もたざるをえないこと、もっと根本的に、人間にとって生きるとは人との交わりのなかで社会的に生きることであること、――そのことを簡潔に力強く主張するのが、第三草稿の「二、社会的存在としての人間」だ。いまその一節を引く。
社会そのものが人間を人間として生産するとともに、逆に、社会が人間によって生産される。〔人間の〕活動と享受は、その内容からしても存在様式からしても、社会的だ。社会的活動であり社会的享受だ。自然の人間的本質は社会的な人間によって初めて自覚される。というのも、社会的な人間によって初めて、自然の人間的本質が人間をつなぐ絆(きずな)として、自分と他人のたがいに出会う場として、また、人間の現実に生きる場として自覚されるからだし、みずからの人間的な生活の基礎として自覚されるからだ。社会的な人間にとって初めて、その自然な生活が人間的な生活となり、自然が人間化される。だとすれば、社会とは、人間と自然とをその本質において統一するものであり、自然の真の復活であり、人間の自然主義の達成であり、自然の人間主義の達成である。(本書148~149ページ)
人間と人間とが自由に交流し、その交流の中で、人間であることの、人間として生きることの、意味と価値を人間が自覚する場、――それが青年マルクスにとって社会の本来のすがただった。
人間と自然と社会という三項のあいだの、生き生きとした自由な交流が現実世界の土台に据(す)えられている。三項のそれぞれに内在する生命が自在に行き交(か)うさまを、自然に引き寄せてとらえればそれは自然にかなう自然主義と呼ばれ、人間に引き寄せてとらえれば人間にかなう人間主義と呼ばれる。当然、社会に引き寄せてとらえれば社会にかなう社会主義と呼ばれよう。マルクスの構想する共産主義は、人間と自然と社会が生き生きと交流する社会主義の、その延長線上にあるものだった。
以上、一般に経済学的な草稿と見なされるもののうちに、青年マルクスの哲学的思考が息づくさまを分かってもらえただろうか。
4
経済学的草稿に見てとれる経済学的思考については、あまりいうべきことがない。
経済学的思考がまとまった形で展開されるのは、第一草稿の「一、賃金」「二、資本の利潤」「三、地代」においてで、この三章は資本主義社会を構成する三大階級――労働者、資本家、地主――に対応する。が、この三章は、資本主義社会の階級構造や三大階級の対立・矛盾をマルクスがみずから分析してみせるのではなく、国民経済学者たち(シュルツ、ペクール、ビュレ、スミス、セイ、リカード、シスモンディなど)の著作からたくさんの引用によって対立・矛盾を浮かび上がらせるという書きかたになっている。「一、賃金」は約半分が引用、「二、資本の利潤」はほとんどすべてが引用、「三、地代」は三分の二が引用、といった具合だ。この三章を書き終わったところで、マルクス自身こういっている。
わたしたちは国民経済学が前提とする事実から出発したし、国民経済学の用語と法則を受けいれてきた。私有財産や、労働と資本と土地の分離や、賃金と利潤と地代の分離や、分業や、競争や、交換価値の概念などをもとに話を進めてきた。国民経済学から出発し、国民経済学の用語を使って、労働者が商品へと――悲惨この上ない商品へと――貶(おとし)められることを示してきた。労働者の悲惨さがかれの生産力に反比例すること、競争の結果として少数の人々の手に資本が蓄積され、恐るべき独占が再現せざるを得ないこと、そして最終的に、資本家と地主、農民と工場労働者の区別が消滅し、社会の全体が所有者階級と非所有の労働者階級との二つに分かれていくことを示してきた。(本書89ページ)
このように、国民経済学に寄りそいつつ資本主義社会の苛酷(かこく)さを浮き彫りにしてきたマルクスだが、その一方で、かれは国民経済学の論述には強い批判をもっていた。国民経済学はさまざまな経済現象をばらばらに記述するだけで、現象と現象とのあいだの必然的な関係を概念的に把握してはいない、という批判だ。ヘーゲルに親しみ、ヘーゲルの徒をもって任ずるマルクスにふさわしい批判だが、中途半端のこの草稿では、経済現象間の必然的な関係を概念的に把握するような論の展開は望むべくもない。その展開はのちの『経済学批判』や『資本論』全三巻を俟(ま)たねばならない。
これまで取り上げることのなかった経済学的草稿について簡単に触れておくと、第二草稿の「一、私有財産の支配力」と第三草稿の「四、欲求と窮乏(きゅうぼう)」は、第一草稿の三章で述べられた事柄を別の観点をも取りこんで再説したものといってよい。第三草稿の「五、分業」は、これまた国民経済学者からの引用が半分強を占(し)める章だが、分業という単一テーマに即して国民経済学のものの見かたを特徴づけるとともに、各論者のあいだに見られる差異にも言及がなされる。もう一つ、第三草稿の「六、お金」は、経済学から文学に進んで、ゲーテの『ファウスト』とシェイクスピアの『アテネのティモン』からの引用文をもとに、資本主義社会におけるお金の魔力と魅力を分析したものだ。『資本論』の序文にもダンテの『神曲』からの引用文が掲(かかげ)げられるが、この章などを読むと、マルクスの文学的資質といったものを考えてみたくもなる。普通は「貨幣」と訳される章題をあえて「お金」としたのは、話題の俗っぽさを題名に反映させたいと思ったからだ。
5
最後に、第三草稿の「三、ヘーゲルの弁証法と哲学一般の批判」と、付録の「『精神現象学』の最終章「絶対知」からの抜き書き」についてことばを費やさねばならない。
もっとも、付録については254ページの( )内の五行だけがマルクスの追加した箇所で、それ以外はすべて抜き書きであることを確認するだけでよい。『精神現象学』の最終章の三分の二が抜き書きされ、最後は尻切れとんぼで終わっている。予定では、抜き書きをもとにヘーゲル批判を展開するつもりだったようだが(本書179~180ページ参照)、それはなされないままに終わった。
第三章は、ヘーゲルの『精神現象学』――とくに、その自己意識論――と『論理学』を相手に、ヘーゲルの思考の観念性を批判しようとしたものだ。
ヘーゲル批判の論文としては『経済学・哲学草稿』以前に「ヘーゲル国法論の批判」と「ヘーゲル法哲学の批判・序説」があるが、この二つはヘーゲルの「法哲学」を俎上(そじょう)に載せたもので、同じくヘーゲルの思考の観念性を批判したといっても、本書のヘーゲル批判論よりも格段に分かりやすい。本書の批判は、取り上げた『論理学』と『精神現象学』が難解なだけに、批判も複雑に入りくんだものとなった。ここでは、ヘーゲルとマルクスのあいだに介在するフォイエルバッハ、シュトラウス、ブルーノ・バウアーなどはぬきにして、もっぱらヘーゲルとマルクスの対立の構図に光を当てたい。
『精神現象学』の自己意識論の末尾に、「理性とは、個の意識でありながらすべての物に絶対的に即応している、という意識の確信だ」ということばがある。ヘーゲル哲学の核心をなすものの考えかただ。ここから考えていこう。
意識は大小様々な経験のなかで認識を広め、知を高めていく、意識にとって対象を知るということは、対象のなかに入りこみ、対象と一体化し、対象を自分のものにすることだ。それが可能なのは、対象と意識とを刺しつらぬくような理性が世界を支配しているからだ。自然の法則や、社会の慣習や法律や、人間の合理的思考は、世界大の普遍的理性のあらわれにほかならない。
天をも地をも、自然界をも人間界をもつらぬくこの理性は、宗教的に表現すれば、神の摂理ということになる。世界を創造した神は理性をもって創造したというわけだ。それはどんな理性なのか。神の理性が人知を超えているとはヘーゲルは考えない。神の理性が世界を存在させ、人間を存在させたとすれば、神の理性は存在の論理にほかならならず、人間の理性は、理性である以上、存在の論理を知ることができる。そうヘーゲルは考える。その考えに支えられてみずから存在の論理の探究へと乗り出し、その成果を哲学的に表現したのが『論理学』だ。
『精神現象学』における意識のさまざまな経験は、普遍的な理性に一歩一歩近づいていく過程であり、そういう理性の存在を確信していく過程だ。そして、自己意識の経験の最終段階で、「すべての物に絶対的に即応している、という意識の確信」が生まれる。
生まれたばかりの確信を胸に、意識はさらに数々の社会的・政治的・歴史的・道徳的・宗教的な経験を重ね、最終的に「絶対知」へとたどり着く。「すべての物に(世界に)絶対的に即応している、という意識の確信」が普遍的な知として確立されるのが「絶対知」だ。あるいは、普遍的な理性と普遍的な知が完全無欠な形で重なり合うのが「絶対知」だ。
さて、「絶対知」というこの終点から意識の経験を振り返ると、知が世界大に広がって普遍的な理性と一体化することが、経験のねらいであり本質であったということになる。世界の無数の社会的・政治的・歴史的・道徳的・宗教的な事象のうちに意識が入りこみ、それを自己として知り、知へと昇華(しょうか)することが自己意識の経験だったということになる。
理性につらぬかれた世界と対峙しつつ、みずからも理性的存在である意識がこれと知的にかかわる。そこにこそ人間の経験の根本の姿があると考えるヘーゲルに、若きマルクスは強い違和感を覚えた。
自己とは抽象的にとらえられ、抽象によって作り出された人間にすぎない。人間は自己としてある存在であり、人間の目や耳などは自己に根ざし、人間本来の能力の一つ一つは自己という特質をもっている。が、だからといって、自己意識が目や耳や本来の能力をもつとはいえない。それはまったくのまちがいだ。自己意識は、むしろ、人間という自然体の――人間の目などの――一性質であって、人間という自然体が自己意識の一性質なのではない。
それだけ独立に抽出され限定された自己は、抽象的なエゴイストとしての人間であり、純粋な抽象領域において思考へと高められたエゴイズムである。(本書181ページ)
自己に回収されない人間という自然体、そして、自己意識の観念世界にからめとられない現実の自然や人間や社会や歴史――マルクスはそこに知を超える経験の場を見ようとしたのだった。次のヘーゲル批判は、人間と自然と社会の三者にたいし、生きて動く具体的な現実として向き合おうとしたマルクスを思いつつ読むと、真意を汲(く)みとりやすいかもしれない。
知は意識の唯一の行為である。だから、なにかが意識にたいしてあるには、意識がこのなにかを知らねばならない。(中略) いまや意識は対象の無を――すなわち、対象が意識から区別されないこと、対象が意識にたいして存在しないこと――知るのだが、それを知るのは、対象をおのれの自己外化として知ること、つまり、自己を――対象としての知を――知ることによってである。その知がなりたつのは、対象が見せかけの対象にすぎず、目くらましの煙幕にすぎず、その本質からして知以外のなにものでもないことによる。(中略) いいかえれば、知は一つの対象とかかわるとき、自分の外にあり、自分を外化しているにすぎないのであって、みずからが対象としてあらわれるにすぎず、対象としてあらわれるものは知自身にすぎない。そのことを知は知っているのである。
他方、そこには同時にもう一つの要素がふくまれる、とヘーゲルは言う。つまり、意識がこの外化と対象性を破棄し、自分のうちへと還(かえ)ってきているという要素、したがって、他なる存在のもとにあっても自己を失ってはいないという要素が、そこにふくまれる、と。
このような説明のうちに観念的思考の幻想がすべて露出している。(本書190~191ページ)
引用文中に「自己外化」とか「外化」ということばが出てくる。さきに述べた区分に従えば、肯定的な意味で使われているが、その外化が知の抽象領域にとどまって実践的かつ具体的な外化に至らないところに、マルクスはヘーゲルの思考の観念性を読みとっていた。知の抽象領域にとどまるかぎり、否定的な外化ないし疎外も人間を非人間的な境遇へと追いやる具体的な悲惨とはとらえられないし、疎外の克服も現実的な人間の解放に結びつかない。ヘーゲル批判の根底にはそんなマルクスの思いがあった。