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 2005.01.25 自己の二重化(4)――認識の発展
 2005.01.31 自己の二重化(5)――認識の外化・対象化
 2006.06.30 二つの主観(3)――観念的自己分裂の位置づけ
 2006.06.30 存在と対象(1)――存在は対他的である
 2006.07.03 物自体(1)――「物自体」は存在しない〔弁・抜〕
 2006.07.04 物自体(2)――ディーツゲンの「事物自体」批判〔弁・抜〕
 2006.07.04 物自体(3)――『フォイエルバッハ論』から〔弁・抜〕
 2006.07.04 人は多かれ少なかれ「観念論者」である〔弁・抜〕
 2006.07.04 物自体(4)――弁証法的なとらえ方
 2006.07.08 先天主義〔弁・抜〕
 2006.08.05 対象意識(3)――対象意識と観念的自己分裂
 2006.08.11 対象意識(5)――意識・認識の発展
 2006.08.18 認識・意識が言語にとらわれるということの意味
 2006.10.01 意味・意義・価値(2)――表現・受容過程と販売・購買過程とのアナロジー
 2006.12.08 三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(2)
 2006.12.10 三浦つとむ「漢字と振り仮名」
 2006.12.12 三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(5)
 2007.10.02 0の概念・マイナスの概念(1)――マイナス概念の形成
 2007.10.07 0の概念・マイナスの概念(2)――量概念からの抽象
 2007.10.15 存在と対象(2)――現象するものは存在する

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2005年01月25日(火)| 意識>観念的自己分裂 
自己の二重化(4)――認識の発展

〔2005.01.21記/2005.01.30追記〕

三浦つとむはその著書の中で、鏡像を媒介とする観念的自己分裂についてとりあげ、鏡以外にも鏡と同じような働きをするものがあるということを指摘しています。鏡と同じような働きをするものには、虫めがねや望遠鏡、顕微鏡などのほか各種のメーターやオシロスコープ、テスターなどの計測器をはじめレントゲンやCTスキャナー、MRIなどの医療用機器などがあります。

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2005年01月31日(月)| 意識>観念的自己分裂 
自己の二重化(5)――認識の外化・対象化

さて、「行動的にも、現実的にも自分自身を二重化する。従って、自分が作った世界のほかで自分自身をみる」(『経済学・哲学草稿』)というマルクスの言葉に対して三浦つとむは次のように書いています。

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2006年06月30日(金)| 意識>観念的自己分裂 
二つの主観(3)――観念的自己分裂の位置づけ

 二つの主観(1)――主観・客観と観念的自己分裂

 二つの主観(2)――二重霊魂説に関して

 二つの主観(3)――観念的自己分裂の位置づけ

 二つの主観(1)~(3)をまとめて読む。

 関連:自己の二重化(1)~(7)

 関連:対象意識(1)~(5)

〔2006.02.12記〕

認識論的にみた観念的自己分裂主観・客観と観念的自己分裂」で書いたように、観念的自己分裂という意識活動そのものは人間ならだれしも日常的にしかも絶えず頻繁に行なっているありふれた活動すなわち〈想像〉とか〈思考〉・〈移入〉などと呼ばれる意識活動である。その構造を認識論的観点から簡潔に表現すると、意識の内部および外部のさまざまな対象に触発・媒介されて現実の自己から分離・移行した観念的な自己が現実の世界の束縛から解き放たれ、(観念的な自己から見れば)現実の世界とは別の場所に位置づけられた観念的な世界の中でさまざまな客体と対面・関係しながら活動し、そこで獲得した創造的なものをもって現実の自己に復帰する、という形態で現象している意識活動である。この〈→移行→復帰〉の過程は意識の内部で絶えず継起的に行なわれている。

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2006年06月30日(金)| 弁証法>未分類 
存在と対象(1)――存在は対他的である

存在と対象非対象的な存在とは一つの非存在である(マルクス『経済学・哲学草稿』)。非対象的な存在とは非存在すなわち無である。あるものはその対象を俟(ま)ってはじめて存在となる。なぜなら対象の存在があるものの存在の証であり、存在とその対象とは互いに相手の存在を証し合うからである。

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2006年07月03日(月)| 弁証法>抜き書き 
物自体(1)――「物自体」は存在しない〔弁・抜〕

 物自体(1)~(4)をまとめて読む。

「物自体」について、エンゲルスの『自然の弁証法』〔覚書きと断片〕から引用。

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2006年07月04日(火)| 弁証法>抜き書き 
物自体(2)――ディーツゲンの「事物自体」批判〔弁・抜〕

 物自体(1)~(4)をまとめて読む。

ディーツゲンの『人間の頭脳活動の本質』からカントの事物自体(物自体)を批判している部分を紹介する。

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2006年07月04日(火)| 弁証法>抜き書き 
物自体(3)――『フォイエルバッハ論』から〔弁・抜〕

 物自体(1)~(4)をまとめて読む。

エンゲルスの『フォイエルバッハ論』から、物自体批判に関する部分を抜萃・引用する。

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2006年07月04日(火)| 弁証法>抜き書き 
人は多かれ少なかれ「観念論者」である〔弁・抜〕

『フォイエルバッハ論』「二 観念論と唯物論」から

人間を動かすものはすべてその頭脳を通過しなければならないということは、どうしても避けることができない。飲み食いでさえそうであって、それは頭脳によって感じられた飢えと渇きにはじまり、同じく頭脳によって感じられた満腹に終るのである。人間にたいする外界の諸影響は、人間の頭脳のうちに表現され、さまざまの感情、思想、衝動、意思決定として、一口でいえば「観念の流れ」として反映され、そしてこうした形をとって、「観念の力」となる。ところで、こうした人間が一般に「観念の流れ」を追い、そして「観念の力」が自分に影響をあたえることを認めるという事情――そうしたことが人間を観念論者にするとすれば、ある程度正常に発達した人間は、すべて生れながらの観念論者であって、そうなると、およそ唯物論者というものがどうして存在することができよう。(エンゲルス『フォイエルバッハ論』松村一人訳/岩波文庫)

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2006年07月04日(火)| 弁証法>未分類 
物自体(4)――弁証法的なとらえ方

 物自体(1)~(4)をまとめて読む。

すべてのもの・存在は物質的なものも精神的なものも含めてその端初は「物自体」つまり、即自的な存在である。しかしそれはその内に運動(他のもの・存在と関連すること)を孕んだ存在であり、運動の最中においてはそれはもはや自体的な存在ではありえない。物自体が認識できるか否かという問いは、世界を「できあがった事物の複合体」として固定的にみる形而上学的な問いである。

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2006年07月08日(土)| 弁証法>抜き書き 
先天主義〔弁・抜〕

エンゲルス『反デューリング論』「第一篇 哲学 3 分類。先天主義」から

……思考のあらゆる分野で起こることであるが、現実の世界から抽象された諸法則が一定の発展段階に達すると、それは現実の世界から分離されて、なにか自立的なものとして、外からやってきた法則、世界がのっとらなければならない法則として、現実の世界に対置されるようになる。社会や国家では物事はこういうふうにおこなわれてきた。純粋数学も、まさしく同じ仕方で、あとから世界に適用されるのである。そのじつ、これは、ほなならぬこの世界からとってきたものであって、この世界のもろもろの組成形態の一部分をあらわすものにすぎず、――また、まさにそうであればこそ、そもそも適用できるのである。(大月書店/マルクス=エンゲルス全集)

思考のあらゆる領域でそうなのであるが、ある一定の発展段階に達すると、現実世界から抽象された法則が現実世界から引きはなされて、なにか独立なものとして、すなわち世界がそれにのっとるべき外来の法則として、現実世界に対立させられる。社会や国家に関してこうしたことが行われたように、それと少しも変わらず純粋数学もあとになってから世界に適用されるというかたちになる。ところが実はそれはほかならぬこの世界からとりだされたもので、単にもろもろの構成形式の一部分であるにすぎない、――またもっぱらそれだからこそ総じて適用などということもできるわけである。(粟田賢三訳・岩波文庫)

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2006年08月05日(土)| 意識>観念的自己分裂 
対象意識(3)――対象意識と観念的自己分裂

人間が「意識する」というとき、意識の内部には意識する主体と意識される客体とが存在している。つまり「表象化・概念化されたものごとを対象・客体として意識している主体」と「主体によって意識される特定のものごとの表象・概念という形態の対象・客体」がかならず存在していて、意識している意識の内部では主体と客体とが常に対峙している。

意識 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:48
2006年08月11日(金)| 意識>観念的自己分裂 
対象意識(5)――意識・認識の発展

対象意識(3)――対象意識と観念的自己分裂」(2006/08/05)において私は対象意識を「意識内部において表象・概念として客体化されたものごとを意識主体が認識しているその意識のあり方」であると考えていると述べた。これと同様に他者意識・自己意識についても私は次のように考えている。

意識 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:50
2006年08月18日(金)| 言語>言語本質論 
認識・意識が言語にとらわれるということの意味

〔注記〕意識認識との違いや共通点、あるいは認知と認識との相違点・共通点などについては「認識についての覚書(4)――意識と認識/知覚表象と表象/表象と概念」をご覧下さい。

前稿「客体的表現と主体的表現――三浦つとむの認識論・言語論」の内容に関しておっちゃん(敬称略)から次のようなコメント(改行位置を変更)を戴いた。

言語 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:54
2006年10月01日(日)| 言語>意味 
意味・意義・価値(2)――表現・受容過程と販売・購買過程とのアナロジー

 意味・意義・価値(1)~(3)をまとめて読む。

〔注記〕タイトルおよび以下の文中において「受容」とあるのは、表現されたものを受け取ってその内容や意味を理解することを表わしている。「解釈」とか「鑑賞」という言葉もあるが意味が限定的なので、それらをも含む広い意味の言葉として「受容」を用いている。したがって「受容者」には「解釈者」「鑑賞者」の意味も含まれている。

前稿「貨幣の使用価値」でマルクスの引用をしているときに、川島正平さんの『言語過程説の研究』第四章の注で初めて目にした三浦つとむの論考のことを思い出した。それは『唯物弁証法の成立と歪曲』に収められた同題の論考である(同書は後に手に入れた)。その中で三浦つとむは、マルクスが『経済学批判』や『資本論』で描いた W―G―W すなわち商品の<販売⇒購買>過程がもつ論理構造を取り上げ、それとの論理的類似(アナロジー)という観点から E―A―E すなわち言語の<表現⇒受容>過程〈認識→表現→認識〉がもつ論理構造について述べている(差異についても触れている)。少し長くなるがその部分を以下に引用する。なお、論考を理解するためには「統一」概念と「同一性」概念との差異と連関も重要なので一つ前の段落から引用を始める。

言語 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:77
2006年12月08日(金)| 言語>言語本質論 
三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(2)

引き続き、三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」を紹介する。

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2006年12月10日(日)| 言語>言語本質論 
三浦つとむ「漢字と振り仮名」

三浦つとむの論考は私たちにとってごく身近なものごとを取り上げるときにも、論理的で筋が通っている。そして経験を通して蓄積された普通の人々の直観を裏切らない論理の曇りのなさがその魅力の一つだと私は思う。しかし、その内容は深いのであって数年、数十年経って自分の経験がさらに積み重ねられた後になってあらためて読み返すと再び三度新たな発見をさせられるといった類いのものである。しかし、そのことは同時に、読む者はその人なりの理解しか与えられないという意味で、その弁証法的(論理的)思考のレベルが試されるということでもある。

言語 | Trackback (1) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:110
2006年12月12日(火)| 言語>言語本質論 
三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(5)

「時枝誠記の言語過程説」最後の論文を紹介する。

この論文の中で三浦は、話し手(書き手)と聞き手(読み手)それぞれが観念的自己分裂による追体験を通して直接に互いに他のものになるという現象を「対立物の相互浸透」として説明している(対立物の相互浸透:対立する二者が不可離のものとして結びついており、一者が自らを他のものとして創造する、つまり対立する二者が相互に影響し合いながら互いに作り合うという関係)。また観念的自己分裂の過程は「否定の否定」であるともいっている。そこで取り上げられているのが『経済学批判序説』におけるマルクスのことばである。『経済学批判序説』は生産と消費についての詳細な研究であり、マルクスは「消費的生産」および「生産的消費」ということばを使って生産・消費がそれぞれ同時に互いに他のものであることを説明している。

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2007年10月02日(火)| 科学>数学 
0の概念・マイナスの概念(1)――マイナス概念の形成

マイナス×マイナスはなぜプラスになるのか(2)」(2006.09.12)に対して秀さんからトラックバックを頂いている。→「数学的法則性とその現実への適用

記事の中で、数学・算数教育における、タイルというシェーマの有用性について秀さんが述べておられる部分については同意するし、負の量・負の数(マイナスの量・マイナスの数)を黒いタイルというシェーマで表わすという私の考案について現役の教師である秀さんに評価して頂いたことはとてもうれしい。

科学 | Trackback (2) | Comment (3) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:149
2007年10月07日(日)| 科学>数学 
0の概念・マイナスの概念(2)――量概念からの抽象

0の概念・マイナスの概念(1)――マイナス概念の形成」に対して秀さんから「先験主義(アプリオリズム)の間違い」というトラックバックを頂いている――本論とは関係ないが、秀さんは同じ記事を複数のブログに掲載しておられる。トラックバックを頂いたライブドアブログの記事は老眼の私には文字が小さ過ぎるしその上1行の横幅が広いため読むのがつらい。それに比べると、同じ内容のはてなダイアリーの記事「先験主義(アプリオリズム)の間違い」は文字が少し大きいし、1行の横幅も適切なので私にはこちらの方が読みやすい――

科学 | Trackback (1) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:153
2007年10月15日(月)| 弁証法>未分類 
存在と対象(2)――現象するものは存在する

あるものごとを取り上げて言及するとき、私たちはそのものごとがそこに存在することを疑わない。そして言及することのうちにそのものごとの存在を無自覚のまま前提している。眼前にあるものは私の感覚・知覚に対するものとして対象認知(知覚表象=個別概念という形態で)されている。また、たとえそのものごとが眼前に存在していなくても、それは意識している私に対するものとして対象認識(表象=個別概念という形態で)されている。つまり、対象として認知・認識されているものごとは私たちにとって存在している。したがって私たちにとって、ものごとが存在するとはそのものごとが私たちに対するもの(認知対象・認識対象)として現前・再現前していることである。しかし、ものごとが認知対象・認識対象として現前あるいは再現前しているとはどういうことであろうか。

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#4 自己の二重化 観念的自己分裂 自己の外化・対象化 自己意識 鏡・鏡像・反映 弁証法 対立物の相互浸透 否定の否定 マルクス 観念的な二重化
#5 自己の二重化 観念的自己分裂 自己の外化・対象化 自己意識  意識の外化 マルクス 言語の意味 弁証法 否定の否定
#13 二つの主観 観念的自己分裂 主観と客観 自己意識 対他的・対自的 対象認知・対象認識 観念的な二重化 弁証法 否定の否定 ヘーゲル
#14 存在と対象 存在・非存在 対他的・対自的 マルクス 鏡・鏡像・反映 弁証法 存在 対立物の相互浸透
#15 Dingansich 物自体 存在・非存在 対他的・対自的 エンゲルス ヘーゲル 弁証法 存在
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言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

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プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年生れ(69歳♂)。国語と理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

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意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

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