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2006年07月12日(水)| 言語>意味 
言語表現における概念の二重性と二種類の概念

現実・非現実におけるある対象をある人間(認識主体)が認識し、意識の内部で客体化したその認識内容や思考内容(観念ないし個別概念)を認識主体が言語として表現する場合には、それらの個別概念は言語規範に媒介されて二重化しており、またそのとき意識内には思考内容の概念(個別概念)と言語規範の概念(語概念)との二種類の概念が――客体として――存在している。これはソシュールの「言語」(2)(2006.07.10)で紹介した三浦つとむの見解であるが、この二種類の概念を川島正平さんが「運用概念」「規範概念」と名づけて呼んでいることは知らなかった。川島さんの『言語過程説の研究』は読んだはずなのに恥ずかしい限りである。

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2006年08月18日(金)| 意識・認識>概念・表象 
概念は「言語」に先立つ(1)

 概念は「言語」に先立つ(1)~(5)をまとめて読む。

「言語」の介在しない概念(2006/07/26)に関して建築屋さんから下のようなコメント(挨拶部分を省略)を戴きました。それについて『濫觴(らんしょう』掲示板で回答をさし上げた(2006/08/03)のですが、このブログの稿の内容に関することなので転載しておきます。

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2006年08月29日(火)| 言語>言語規範 
ソシュール用語の再規定(1)

 ソシュール用語の再規定(1)~(4)をまとめて読む。

ソシュールにおいては「言語langue」や「記号signe」(=「シーニュ」)、あるいは「シニフィアンsignifiant」・「シニフィエsignifie」という言葉はいずれも人間の意識の中に存在するものの名称である。しかし原語(フランス語)をそのまま日本語で表記すると、それらはいずれも現実に表現された現実的な「言語」・「記号」・「意味するもの」(能記=記号の音声)・「意味されるもの」(所記=記号の意味)となってしまう。ことに「言語」・「記号」という表記には別の問題がある。「言語」は言語規範の一つである語彙の規範であって、言語そのものとは異なる。これは不適切な表記といわざるをえない。また語(表現された言葉)は記号の一種ではあるが、語と記号とは違う。したがって「認識された語」を「記号」とするのはこれも不適切な表記である。要するにソシュールによって規定されたこれらの用語はいずれも名が体を表わしていないどころか「名が他の体を表わしている」のである。その上、「シニフィアン」・「シニフィエ」などはフランス語をそのまま用いることが広く行われていて、普通の日本人にはきわめて分かりにくい。

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2006年09月02日(土)| 言語>言語規範 
ソシュール用語の再規定(2)

 ソシュール用語の再規定(1)~(4)をまとめて読む。

「言語学の用語についての実験的試み」(2006.08.29)(タイトルを「ソシュール用語の再規定(1)」に変更) に対してオータムさんから啓発されるコメントを戴きました。そのコメント及びそれに対する私のご返事はコメント欄を参照して頂くとして、ご返事を書いた後で気がついたこと、考えたことを簡単に書いておきます。

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2006年09月03日(日)| 言語>言語規範 
ソシュール用語の再規定(3)――暫定

 ソシュール用語の再規定(1)~(4)をまとめて読む。

「ソシュール用語の再規定(1), (2)」で、言語過程説の立場からソシュールの用語を再規定することを試みた。まだ検討が不十分なところもあるだろうが、整理してまとめておく。

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2006年09月06日(水)| 意識・認識>概念・表象 
概念は「言語」に先立つ(4)

 概念は「言語」に先立つ(1)~(5)をまとめて読む。

概念という語の語義(語概念)について、私と認識を異にする方が多いのに驚いている。それだけソシュールの影響が大きいということだろう。しかし、ソシュールが規定する以前から概念という言葉は存在しており、語と結びついているかどうかは概念の必要条件ではなかった。語と結びついていない概念が自分の意識の中に存在しているかどうかは、注意深く自省してみれば自ずから明らかになる。

参考のために手持ちの辞書から「概念」の項を引用する。

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2006年09月09日(土)| 言語>意味 
ソシュール言語学には個別概念が存在している?

前稿「個別概念が介在する<表現⇒受容>過程」(2006/09/08)を書きながら私は『一般言語学講義』のあの有名な箇所(第II編第4章§1)を思い浮かべていた。ソシュールの後継者たちは、その部分を引用して「人間は『言語』によって世界を切り取って、世界を認識している」という。それゆえ、「言語」を異にするそれぞれの社会では、世界に対する認識すなわち解釈は異なるという風に論理を展開する。

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2006年09月26日(火)| 言語>音韻 
言語音・言語音像・音韻についての覚書

人間の口から発せられる音声には言葉の音声とそうでないものとがある。このうち言葉の音声は言語音と呼ばれる。また単語を表わすひとまとまりの言語音を語音という。ところで、耳から入ってくる音は言語音に限られるわけではないから、聴覚表象(音の知覚表象や音声表象)には言語音の表象以外のものも含まれる。言語を対象としてその聴覚表象のみを表わす語があれば記述が簡潔になって分かりやすいのであるが、特に言語音の聴覚表象だけを取り上げる語は存在しない。

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2006年11月24日(金)| 言語>言語本質論 
ソシュール「言語学」とは何か(6)

『ソシュール講義録注解』の 76~100ページは印欧語の知識がない私には理解するのがむずかしい。その上チェスのように単位(駒)がはじめからはっきりしているものを、その都度単位が発生するとソシュール自身がいっている「言語」の比喩として用いること自体が不適切である。それにソシュールの印欧語の蘊蓄は私にはどうでもいい。というわけで、そのあたりはざっと読み流してその先に進む。

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2007年03月22日(木)| 言語>意味 
三浦つとむ「意味とは何か、どこに存在するか」(1)

『ことば・その周辺』というブログタイトルに関連する記事としては、最近(といっても2ヵ月も前の記事であるが)書いたのが「シニフィエについて」であり、その前が「言語と内言――言語の意味 」であった。この時期の私の関心はソシュール「言語学」に関わる形で「言語の意味とは何か」ということに向いており、今もなおその志向は変っていない。さらにいえば、私が子どもの頃から言葉というものにずっと興味を抱きつづけてきたのは言葉のもつ「意味」の不思議さに惹かれていたからだといっても言い過ぎではない。その不思議さを腑に落ちる形で説明してくれた唯一のものが三浦つとむの言語過程説であったということが、私をしてかくも長く三浦つとむにこだわりつづけさせる第一の要因なのだと今にして思う。

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2007年03月28日(水)| 言語>意味 
三浦つとむ「意味とは何か、どこに存在するか」(3)

〔注記〕以下の文中において「受容」とあるのは、表現されたものを受け取ってその内容や意味を理解することを表わしている。「解釈」とか「鑑賞」という言葉もあるが意味が限定的なので、それらをも含む広い意味の言葉として「受容」を用いている。したがって「受容者」には「解釈者」「鑑賞者」の意味も含まれている。

三浦つとむ「意味とは何か、どこに存在するか」(2)で引用したうちの後の方の二番目の段落で、ルフェーブルが「意味はあらゆる側面から他のものへわれわれを送りかえす。一方においては、過去へ、既得の知識へ、現在性へ、記憶へと、――他方においては、潜在性へ、可能性へ、意味を担った知覚場の多様性へと送りかえすのである」と書いている部分について三浦は「表現主体のつくり出した概念」あるいは「直接に表現されていない表現主体の独自の認識の部分」であるといっている。つまりルフェーブルが「意味」であると考えているものは実は表現者が言語のうちに表現した個別概念である、と三浦は指摘している。しかし、ルフェーブルはこれを表現者とは関りなく受容者が自ら作り出すものだと考えている。

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2007年10月07日(日)| 意識・認識>概念・表象 
概念は「言語」に先立つ(5)

 概念は「言語」に先立つ(1)~(5)をまとめて読む。

この稿は秀さんの「先験主義(アプリオリズム)の間違い」という記事の前半部に対するものであり、前稿「0の概念・マイナスの概念」よりも先に書き上げたものであるが、内容の先後を考えた結果後に回すことにした。

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言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

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プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年生れ(68歳♂)。国語と理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

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意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

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