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 2004.03.03 認識についての覚書(1)――中枢神経と末梢神経/感覚と知覚
 2004.03.04 認識についての覚書(2)――脳の機能
 2004.03.05 認識についての覚書(3)――知覚と知覚表象
 2004.03.09 認識についての覚書(4)――意識と認識/知覚表象と表象/表象と概念
 2004.03.15 認識についての覚書(5)――カテゴリー・概念の階層
 2004.03.20 認識についての覚書(6)――概念のまとめ
 2004.03.29 認識についての覚書(7)――観念的自己分裂
 2005.01.24 自己の二重化(1)――独り言と自己分裂
 2005.01.25 自己の二重化(2)――鏡と自己分裂
 2005.01.25 自己の二重化(3)――観念的自己分裂
 2005.01.25 自己の二重化(4)――認識の発展
 2005.01.31 自己の二重化(5)――認識の外化・対象化
 2005.02.03 自己の二重化(6)――鏡としての表現
 2006.06.29 二つの主観(1)――主観・客観と観念的自己分裂
 2006.06.29 二つの主観(2)――二重霊魂説に関して
 2006.06.30 二つの主観(3)――観念的自己分裂の位置づけ
 2006.07.26 「言語」の介在しない概念
 2006.07.27 概念(1)――人間の認識は徹頭徹尾概念的である
 2006.07.28 概念(2)――概念の獲得
 2006.07.31 対象意識(1)――類的存在としての人間の意識

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2004年03月03日(水)| 意識>神経系 
認識についての覚書(1)――中枢神経と末梢神経/感覚と知覚

〔2004.03.03記/2008.01.24転載〕

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。転載にあたって多少の体裁変更を行ないました。知見としては古いものもありますが大筋は変わっていないと思います。

1. 中枢神経と末梢神経

人間の精神活動である意識及び認識に関連する生理器官は主として神経系に属する。認識は脳の機能であるが認識作用には情報(刺激)が必要であり脳には情報の入出力に関わる神経系がつながっている。

神経系は脳と脊髄からなる中枢神経と、中枢と身体各部とを結ぶ末梢神経からなる。入力にかかわる感覚神経や出力にかかわる運動神経・自律神経は末梢神経に属する。末梢神経のうち主に頭部にあって脳とつながっているものを脳神経、脊髄とつながっているものを脊髄神経という。

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2004年03月04日(木)| 意識>神経系 
認識についての覚書(2)――脳の機能

〔2004.03.04記/2008.01.24転載〕

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。転載にあたって多少の体裁変更を行ないました。知見としては古いものもありますが大筋は変わっていないと思います。

3. 脳の機能

脳は形態や機能などによっていくつかに分かれているが、脳についてはまだ分かっていないことが多い。主なものを以下にまとめる。

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2004年03月05日(金)| 意識>神経系 
認識についての覚書(3)――知覚と知覚表象

〔2004.03.05記/2008.01.24転載〕

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。転載にあたって多少の体裁変更を行ないました。知見としては古いものもありますが大筋は変わっていないと思います。

4. 知覚と知覚表象

頭部および身体各部にある感覚の受容器(感覚器)が身体内部および外部の対象(事物・現象)と接触したり対象に働きかけたりして生じたさまざまな物理的・化学的な刺激は、脳神経あるいは脊髄神経を経て脳内のそれぞれの感覚中枢に電気シグナル(インパルス)の形で送られ分析される。反射神経のように中枢からただちに運動神経へと情報(インパルス)が送り返されるものを除き、中枢で分析された刺激情報はさらにそれぞれの感覚野に送られ詳細な分析がなされた後、それぞれの感覚種に対応する感覚が形成され、一次連合野に送られる。さらに数次の連合野にわたり感覚群に対する分析・統合がなされ、最終的に知覚表象を生じる。このようにして感覚群は意識的なものとなり知覚あるいは認知が成立する。

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2004年03月09日(火)| 意識>概念・表象 
認識についての覚書(4)――意識と認識/知覚表象と表象/表象と概念

〔2004.03.09記/2008.01.24転載〕

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。転載にあたって多少の体裁変更を行ないました。知見としては古いものもありますが大筋は変わっていないと思います。

5. 知覚表象と表象/表象と概念

脳の精神作用――意識

脳の生理的な機能である知覚・認知・認識・記憶・思考・判断・意志・欲求・感情・創造・人格などは相互に関連し合い影響し合って働いている。心理学ではこれらの生理的機能を知覚理性悟性知性感性といった各精神作用に分類し、哲学ではこのうち知覚 (perception) を除いたものを思惟(しい)――思考 (thinking) ――とよんでいる。なお、知覚は心的な像として現れるので知覚表象ともよばれる。また、一般にすべての精神作用およびその精神作用が行なわれる場のことを意識 (consciousness) とよぶ。

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2004年03月15日(月)| 意識>概念・表象 
認識についての覚書(5)――カテゴリー・概念の階層

〔2004.03.15,16記/2008.01.24転載〕

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。転載にあたって多少の体裁変更を行ないました。知見としては古いものもありますが大筋は変わっていないと思います。

6. カテゴリーの階層

カテゴリーの階層化

言語(規範)を獲得する前の幼児は経験によってさまざまなものや現象、および複数のもののあいだの関係などから共通する性質や構造を抽出して類別しそれらをカテゴリーとしてとらえている。たとえば、自分の世話をしてくれるものと同じような姿かたちをしていて自分に話しかけてくるもの〔人間〕や4本の足でしなやかに移動するもの〔動物〕、地面に生えている緑色のもの〔草〕、…などのように「~のなかま」として概括してとらえているのである。このような把握は同じカテゴリーに属するものにも差異があって、ある程度の広がり(外延)を持っているという認識と、にもかかわらず同じカテゴリーに属するものはみな一定の共通性(内包)を持っているという認識を媒介にしてなされる。

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2004年03月20日(土)| 意識>概念・表象 
認識についての覚書(6)――概念のまとめ

〔2004.03.20記/2008.01.24転載〕

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。転載にあたって多少の体裁変更を行ないました。知見としては古いものもありますが大筋は変わっていないと思います。

8. 概念のまとめ

概念はものごとをカテゴリー(種類)として把握した認識である。ものごとをPであらわすと、Pの概念とは、具体的個物(これ)をaとして「aはPである」「aはPという種類に属する」ととらえたところに成立する認識、すなわちaをPという種類に類別してとらえたときの認識である。カテゴリーは集合であるから集合論的にはa∈P(aはPの要素である,aはPに属する)ととらえた認識がPの概念である。

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2004年03月29日(月)| 意識>観念的自己分裂 
認識についての覚書(7)――観念的自己分裂

〔2004.03.29記/2008.01.24転載〕

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。転載にあたって多少の体裁変更を行ないました。知見としては古いものもありますが大筋は変わっていないと思います。

9. 観念的自己分裂

「他人の立場になって」「~したつもりになって」…というようないい方がある。実際に「他人の立場」になることはできないけれど頭の中で現実の自分とは異なる人間の立場に観念的な移行をすることはできる。このような観念的な移行は他の人間の立場への移行だけでなく、現実の位置と異なる場所への空間的な移行や、現在から過去へのあるいは未来への時間的な移行もある。

他人の気持ちを思いやることができない人に対して「想像力が足りない」という批判がなされることもあるようにこれらは想像とよばれる意識活動で、その性格によって空想(夢想・物思い)・回想・予想(予測)・仮想(仮定)・思考(思索・思案・沈思・黙考)・構想・妄想…などとよばれている。また夢を見ているときも自己は空間的・時間的に移行している。何かに夢中になって我を忘れていたり、ものを考えたり、本を読んだり、テレビドラマを見たり、ロールプレイング・ゲームをしたり…しているときも観念的な移行が起こっているのである。

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2005年01月24日(月)| 意識>観念的自己分裂 
自己の二重化(1)――独り言と自己分裂

〔2004.03.13記/2005.01.22修正・追記〕

ことばというのは聞いてくれたり、読んでくれたりする人に向かって発せられるもの。ここにこうして書いているのも誰か読んでくださる方がいるだろうと思うからです。ことばに限らず表現というものはそういう性格をもったものとして生まれたのでしょう。五官では知ることのできない心の思いや自分の考えを他者に伝えたい、そしてまた他者が心に抱いている気持ちや他者の持つ知識を自分のものとしたい…。そういう願いや望みが原動力となって自分の頭の中にある思いや気持ち、考えや知識などを感性的な物質的な形として創り出したもの、それが表現なのだと思います。

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2005年01月25日(火)| 意識>観念的自己分裂 
自己の二重化(2)――鏡と自己分裂

〔2004.04.09記/2005.01.20修正・追記〕

鏡の話。子猫の目の前に鏡を置いてみると、はじめのうちは鏡に映っているものに前肢で触ろうとしたり、顔を近づけてみたりしますが、やがて鏡の後ろに回ってそこを覗きます。しかし何もいないことが分かると再び鏡を覗き込み、また後ろを覗くといったことを繰り返します。そのうちに飽きてしまいますがまた日をおいてこれを繰り返すうちに鏡に映っているのは自分だということに子猫は気づきます。二三度そんなことを繰り返すともう子猫は鏡に興味をなくしてしまいます。そして成長した後も鏡に興味を示すことはありません。

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2005年01月25日(火)| 意識>観念的自己分裂 
自己の二重化(3)――観念的自己分裂

〔2004.06.21記〕

購入したばかりの『三浦つとむ選集』の第一巻『スターリン批判の時代』に鏡に関する興味深い論考がありましたので載せておきます。以下引用は「スターリンの言語学論文をめぐって」(p.59)から。なお下線は私がほどこしたものです。

意識 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:3
2005年01月25日(火)| 意識>観念的自己分裂 
自己の二重化(4)――認識の発展

〔2005.01.21記/2005.01.30追記〕

三浦つとむはその著書の中で、鏡像を媒介とする観念的自己分裂についてとりあげ、鏡以外にも鏡と同じような働きをするものがあるということを指摘しています。鏡と同じような働きをするものには、虫めがねや望遠鏡、顕微鏡などのほか各種のメーターやオシロスコープ、テスターなどの計測器をはじめレントゲンやCTスキャナー、MRIなどの医療用機器などがあります。

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2005年01月31日(月)| 意識>観念的自己分裂 
自己の二重化(5)――認識の外化・対象化

さて、「行動的にも、現実的にも自分自身を二重化する。従って、自分が作った世界のほかで自分自身をみる」(『経済学・哲学草稿』)というマルクスの言葉に対して三浦つとむは次のように書いています。

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2005年02月03日(木)| 意識>観念的自己分裂 
自己の二重化(6)――鏡としての表現

人間が鏡や他者を媒介にして自己認識を深めること、さまざまな計器や観測機器を利用して外部の自然(人間の肉体を含む物質世界)についての認識を深めること、そのさい精神的に自己を二重化し、現実の自己の立場以外の立場に移行して思考し再び現実の自己に復帰すること、そして、そうやって人間は認識の限界を越え自己や世界に対する認識を広げ深化させてきたということを前項まで(タグ【自己の二重化】)に書いてきました。それでは人間は人間の認識活動や精神活動それ自身についてはどうやってその認識を深め共有してきたのでしょうか。

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2006年06月29日(木)| 意識>観念的自己分裂 
二つの主観(1)――主観・客観と観念的自己分裂

 二つの主観(1)――主観・客観と観念的自己分裂

 二つの主観(2)――二重霊魂説に関して

 二つの主観(3)――観念的自己分裂の位置づけ

 二つの主観(1)~(3)をまとめて読む。

 関連:自己の二重化(1)~(7)

 関連:対象意識(1)~(5)

観念的自己分裂について語るときに三浦つとむは鏡の例を引く。

ある人が鏡の前に立って鏡に映った自分の姿を見ている場合、この状況を客観的に見ると、鏡という存在は鏡を見る主体(現実の人間)に対してその主体の視覚の対象となる客体(鏡に映った人間の像)をつくりだす媒介をしていることがわかる。つまり、鏡は主体にとってその客体をつくりだす媒介の作用を果たすものであり、〈主客対面の構図〉をつくりだす媒介となるものだということである。

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2006年06月29日(木)| 意識>観念的自己分裂 
二つの主観(2)――二重霊魂説に関して

 二つの主観(1)――主観・客観と観念的自己分裂

 二つの主観(2)――二重霊魂説に関して

 二つの主観(3)――観念的自己分裂の位置づけ

 二つの主観(1)~(3)をまとめて読む。

 関連:自己の二重化(1)~(7)

 関連:対象意識(1)~(5)

〔2006.02.07記〕

三浦つとむ選集3 言語過程説の展開』(勁草書房)の冒頭に載せられた「『言語過程説の展開』から『日本語はどういう言語か』さらに『認識と言語の理論』へ」の中で三浦つとむは次のように書いている。――全文は「三浦つとむ『言語過程説の展開』 冒頭の文章」で読めます。

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2006年06月30日(金)| 意識>観念的自己分裂 
二つの主観(3)――観念的自己分裂の位置づけ

 二つの主観(1)――主観・客観と観念的自己分裂

 二つの主観(2)――二重霊魂説に関して

 二つの主観(3)――観念的自己分裂の位置づけ

 二つの主観(1)~(3)をまとめて読む。

 関連:自己の二重化(1)~(7)

 関連:対象意識(1)~(5)

〔2006.02.12記〕

認識論的にみた観念的自己分裂主観・客観と観念的自己分裂」で書いたように、観念的自己分裂という意識活動そのものは人間ならだれしも日常的にしかも絶えず頻繁に行なっているありふれた活動すなわち〈想像〉とか〈思考〉・〈移入〉などと呼ばれる意識活動である。その構造を認識論的観点から簡潔に表現すると、意識の内部および外部のさまざまな対象に触発・媒介されて現実の自己から分離・移行した観念的な自己が現実の世界の束縛から解き放たれ、(観念的な自己から見れば)現実の世界とは別の場所に位置づけられた観念的な世界の中でさまざまな客体と対面・関係しながら活動し、そこで獲得した創造的なものをもって現実の自己に復帰する、という形態で現象している意識活動である。この〈→移行→復帰〉の過程は意識の内部で絶えず継起的に行なわれている。

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2006年07月26日(水)| 意識>概念・表象 
「言語」の介在しない概念

言語規範が介在しない概念について考えてみたい。ソシュールはそのような概念は存在しないと考えていたらしい。そうでなければ「思想は,それだけ取ってみると,星雲のようなものであって,そのなかでは必然的に区切られているものは一つもない.予定観念などというものはなく,言語が現われないうちは,なに一つ分明なものはない.(『一般言語学講義』)などという言葉が出てくるはずがないからである。

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2006年07月27日(木)| 意識>概念・表象 
概念(1)――人間の認識は徹頭徹尾概念的である

 概念(1)~(5)をまとめて読む。

人間は対象を抽象的・一般的な形態で認識する。

人間の認知・認識は感覚→知覚→表象→(純粋)概念の順に抽象化・一般化の程度が上がっていく。しかし、感覚でさえすでに現実の対象から選択的に情報をとらえている。そこではある程度の情報が捨象され人間にとって必要とされる情報だけが抽象されている。

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2006年07月28日(金)| 意識>概念・表象 
概念(2)――概念の獲得

 概念(1)~(5)をまとめて読む。

概念はまずある個物の知覚として私の意識の中に生じる。それは他の多くの個物との間にさまざまな関係を持った具体的な個物の知覚である。個物を取り巻くそれらさまざまな関係を反省するとき、私の意識はそれらの関係をその個物固有の性質・属性として抽出し表象する。そして知るのである。個物固有のそれらの性質・属性の中のあるものが、他の個物固有の性質・属性の中のあるものと共通していることを。数多くの個物と出会ううちに私の意識は、このような表象を通して個物の集合を類別し、分類する。こうして私の意識はものごとをいくつもの系列に序することになる。具体的な個物との接触を通して類別と分類によって諸個物が系列化されるこの過程がすなわち私が諸概念を獲得する過程であり、ものごとの諸関係を把握し理解する過程である。

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2006年07月31日(月)| 意識>観念的自己分裂 
対象意識(1)――類的存在としての人間の意識

何か書こうと思っているのですが今は考える時間も書く時間もありません。以前書いたまま放置してある稿がありましたのでちょっと中途半端ですがお目汚しに。

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#172 認識についての覚書  神経系 感覚 知覚 知覚表象 知覚・知覚表象 感覚種
#173 認識についての覚書  神経系 運動野・感覚野・連合野 感覚
#174 認識についての覚書 神経系 感覚 知覚 知覚表象 知覚・知覚表象 対象認知・対象認識
#175 認識についての覚書 個別概念・普遍概念・特殊概念 知覚・知覚表象 知覚表象 意識と認識 概念の性格 イメージスキーマ 個体概念 対象認知・対象認識
#176 認識についての覚書 カテゴリー 階層構造 個別概念・普遍概念・特殊概念 概念の性格
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#178 認識についての覚書  観念的自己分裂 自己の外化・対象化 観念的な二重化 観念的追体験 鏡・鏡像・反映 詞と辞
#1 自己の二重化 観念的自己分裂 自己の外化・対象化 自分の他人化 観念的な二重化 (自己の二重化)
#2 自己の二重化 観念的自己分裂 自己の外化・対象化 観念的な二重化 自己意識 鏡・鏡像・反映
#3 自己の二重化 観念的自己分裂 自己の外化・対象化 観念的な二重化 自己意識 鏡・鏡像・反映 対他的・対自的 三浦つとむ マルクス
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#5 自己の二重化 観念的自己分裂 自己の外化・対象化 自己意識  意識の外化 マルクス 言語の意味 弁証法 否定の否定
#6 自己の二重化 観念的自己分裂 自己の外化・対象化 観念的追体験 自己意識 鏡・鏡像・反映 言語の意味 マルクス 観念的な二重化
#11 二つの主観 観念的自己分裂 主観と客観 自己意識 鏡・鏡像・反映 観念的な二重化 対象認知・対象認識 知覚主体・認識主体 対他的・対自的 認知
#12 二つの主観 観念的自己分裂 観念的な二重化 主観と客観 自己意識 観念的追体験 鏡・鏡像・反映 マルクス 対他的・対自的 三浦つとむ
#13 二つの主観 観念的自己分裂 主観と客観 自己意識 対他的・対自的 対象認知・対象認識 観念的な二重化 弁証法 否定の否定 ヘーゲル
#42 個別概念・普遍概念・特殊概念 概念の先在
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#45 概念 概念の獲得・形成 個別概念・普遍概念・特殊概念 個別・特殊・普遍 対象認知・対象認識 概念の先在 知覚 概念の性格
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言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

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プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年生れ(69歳♂)。国語と理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

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意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

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