ブログのメインテーマ「意識と言語」から離れた記事も好奇心の赴くままに書いています

 は現ページ内、はブログ内別ページ、はブログ外へのリンクをそれぞれ表しています

 人気のある記事はこのページの下の方にある よく読まれている記事 をご利用下さい

 記事をまとめて読む を使えばタグを利用して連番記事や関連記事が投稿順にまとめて読めます

 メイリオ系フォントシステムフォント等に関する記事群はタグ【メイリオ】から

 乳酸菌の培養,乳酸菌液の利用・効能,豆乳ヨーグルト等についてはタグ【乳酸菌】から

カテゴリー検索した記事(日時の古い順)

 2006.07.08 ちょっと反省/イデオロギー
 2006.07.09 北朝鮮・ミサイル試射実験
 2006.10.31 とりとめのないこと
 2007.03.17 軌道修正
 2007.10.03 思い出の曲ノート――YouTubeほか
 2007.12.29 小春日和?
 2012.10.30 雑記――2012年10月30日~11月30日
 2012.12.01 雑記――2012年12月
 2013.01.01 雑記――2013年1~2月
 2013.02.28 雑記――2013年3月
 2013.04.01 雑記――2013年4月
 2013.05.03 雑記――2013年5~7月
 2013.08.09 雑記――2013年8~9月
 2013.10.03 雑記――2013年10~12月
 2015.07.22 近況報告
 2016.06.27 近況報告――東亰ザナドゥ・BABYMETAL

 |  検索カテゴリー:その他  | 
2006年07月08日(土)| その他>徒然 
ちょっと反省/イデオロギー

秀さんのブログの記事はいろいろな意味で私の脳髄に刺戟を与えてくれる。このところの「唯物論と観念論」がらみのものは秀さんの規定する唯物論が今ひとつはっきりしないのでなんとなく歯切れが悪い。秀さんは論理的に筋を通そうとするあまり、話題にしている観念論に対置する形で唯物論を取りあげるので徹底した唯物論批判にならないのであろう。秀さんの立脚点はやはり唯物論なのであって、そこから観念論を擁護する形をとるのでどうしても無理が生じるのではないだろうか。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:24
タグ  雑文 秀さん
2006年07月09日(日)| その他>徒然 
北朝鮮・ミサイル試射実験

北朝鮮が行なったミサイル試射実験についてマスコミの論調や政府関係者の言動に違和感を感じている。それほど大騒ぎするほどのことなのか。むしろ米国産牛肉の輸入再開の危険性や次期首相候補 No.1 の安倍晋三氏が統一教会ダミー団体である「天宙平和連合」の集会に祝電を送った件などの方が日本の国民にとってよほど重要な問題であるはずなのに、これらについてはマスコミはお座なりの記事を発信しただけでいまや全く触れようとしない。

今では死に体をさらしている小泉現首相が華々しく登場したあたりから始まった、マスコミや多くの国民が上から与えられた一つの価値観や一つの見かたに凝り固まってレミングのように悲惨な状態へとまっしぐらに進んでいるかに見える尋常でない近年の状況、みんなが右へならえをしているようなそんな状況の中にあってもネットの世界ではマスコミが封印してしまって語らないさまざまなことがらについて多くの人たちが声を上げている。とくに少なからぬ普通の市民が自らのブログから自分の生の声を発しているのを見るとほっとした思いがする。

今日はそのようなブログのうちの一つ『薫のハムニダ日記』に載っていた韓国のハンギョレ新聞の記事「北朝鮮のミサイル誤判と現実的対応」を読んでその冷静な論調に意を強くした。記事はハムニダ薫さんが日本語訳したもの(「ハンギョレ新聞を読んでみよう(1)」である)。

その他 | Trackback (1) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:27
タグ  雑文
2006年10月31日(火)| その他>徒然 
とりとめのないこと

前稿ことばとは何か(2)――言語と「言語langue」で「ここ何日間かあることが気にかかっていた」と書いたがもちろん四六時中ずっとそうだったというわけではない。いつも通り考えるための時間ができたときにはという意味である。ここ数日は何を書こうと思ってもそのことが気にかかってことばについてはほかのことは後まわしになってしまったということであり、それに加えてここ一週間ほど『モンテ・クリスト伯』という大部の小説を読み返しているということもある。ブログの更新が滞っていることについてはいろいろと理由があるわけである。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:85
タグ  日常 雑文
2007年03月17日(土)| その他>徒然 
軌道修正

よきにつけ悪しきにつけ、一つのことに集中すると他のものが見えなくなってしまい、それ以外のものに対する注意力や関心が極端に低下してしまうというのが私の属性です。要するに一つのことに夢中になってしまうと他を省みることができないのですね。たとえば、ゲームモードに入ってしまうと、一ヵ月以上はそれにかかりっきりなります。つまり、日常生活の大半が観念的自己分裂によるその世界への移行状態になってしまうということでしょう。よくいえば、集中力があるわけですが、ものごとには二面性があるわけで、いいことばかりではありません。そのせいで、他の重要なものごとを忘れ去ってしまい、後で始末をつけるのに大変な苦労をするということもまれではないからです。

とはいえ他方では、気持を切り替えさえすれば他のものに集中できてしまうというこの性格はくよくよ悩むという煩わしさから私を容易に解放してくれるものでもあります。その意味では頭の切り替えの速いこの能天気な性分をとてもありがたいものだと私自身は思っています。

そんなわけで、ここ数ヶ月このブログはタイトルとはなんのつながりもないフォント関係の記事ばかりになっておりました。もうそろそろ関心を本来の「ことば・その周辺」に戻す頃合いではあります。ゲームとは違い、こちらの方はもっぱら自覚的・主体的に対象に取り組んでいかなければ書くこともままならないので軌道修正はそう簡単ではないと思いますが、リハビリでもするつもりで少しずつやっていきたいと思います。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:133
タグ  雑文 日常
2007年10月03日(水)| その他>徒然 
思い出の曲ノート――YouTubeほか

私自身の覚えのために。

レコードやCDあるいはカセットテープで持っている曲がほとんどですが、わざわざプレーヤーのターンテーブルに載せて聞くのは年に何度もありません。ネットで手軽に聞けるようになるなんていい時代になったものです。曲目は思い出したもの、見つけたものをのんびりとぼちぼち追加していこうと思います。全部挙げたらきりがありませんので原則として一演奏者につき一曲に限定するつもりですが好きな演奏者についてはこの限りではありません。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:150
2007年12月29日(土)| その他>徒然 
小春日和?

昨夕から続いていた小雨が午前中早々と上がり、暖かい陽ざしと南からの暖気のせいで今日は歳末とは思えない暖かな一日になった。惰性で暖房機をつけていたら妙に暑く感じて温度計を見ると室温が 19度になっていたのであわてて暖房を切ったほどの暖かさだった。

その他 | Trackback (0) | Comment (4) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:168
タグ  日常 雑文 YouTube
2012年10月30日(火)| その他>徒然 
雑記――2012年10月30日~11月30日

2012年10月30日~11月30日の雑記

月天心 

2012年10月30日〕今夜は満月(旧暦では十六夜月・不知夜月(いざよいづき))。空は少し霞がかかっています。昨晩の月は晴れ渡った空にとても明るく輝いていました。おかげで宵のうちはあまり明るくない秋の星座がほとんど見えず南の空高く光る夏の大三角だけが妙に目立っていました。夜も更けてオリオンやシリウスが昇ってきましたが、明るすぎる月のためこれもまたあまり目立たない。さすがに木星だけは王者の風格。しかし近くのアルデバランも精彩を欠き、すばるはほとんど見えません。(続く)

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:289
2012年12月01日(土)| その他>徒然 
雑記――2012年12月

2013年12月の雑記

無題 

2012年12月1日〕今日は午前中雲の多い空でしたがお昼過ぎから青空が広がりました。しかし師走の風はやはり冷たい。いよいよ冬到来です。

〔午後11時45分〕17日目の月がまもなく南中。やや欠けてはいますが今夜も月天心。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:292
2013年01月01日(火)| その他>徒然 
雑記――2013年1~2月

2013年1~2月の雑記

ごあいさつ 

2013年1月1日〕あけましておめでとうございます。今年も大変な年になりそうですが健康に留意してなんとか頑張ろうと思います。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:295
タグ  雑記 日常 雑文
2013年02月28日(木)| その他>徒然 
雑記――2013年3月

2013年3月の雑記

2013年3月2日 午後2時30分〕テントウムシ昨日は朝からぐずついて夕方しばらく雨が降りましたが今日は晴れて暖かな陽気です。室温も19℃を越えました。この暖かさと陽光につられてか部屋のどこかで冬眠していたテントウムシが2匹、窓ガラスの上を歩いています。昨年11月12日の雑記で室内に入りこんだテントウムシのことを書きましたがそのうちの2匹だと思います。ほかにもまだ何匹かいるでしょう。時折飛ぶ仕草をみせますが外はまだ寒く冷たい風も吹いています。まだ外に出してやるわけにはいきません。(続く)

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:300
2013年04月01日(月)| その他>徒然 
雑記――2013年4月

2013年4月の雑記

2013年4月1日〕不順な天候が続いています。予想通り3月末にはソメイヨシノが満開になりました。気温が低いため一足早く開いた枝垂れ桜もまだ散らずに残っています。

今年の春は早い、と書いた次の日あたりからしばらくずっと寒い日が続いていますが山々の色は日々着実に変わっています。赤みがかかったつぼみから新芽が出て薄緑色の梢がどんどん広がって来ました。例年より早く今月下旬に入る頃には新緑に覆われるのではないかと思います。ここ数日、雲に覆われた空から時折日が射し込むと芽を出したタンポポの花が開きそこにモンシロチョウやモンキチョウがやってくる姿が見られました。団地の敷地に生えている蓬も15センチほどの丈になりました。今年はヨモギ乳酸菌液を作ろうかなと目論んでいます。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:303
タグ  雑記 日常 雑文
2013年05月03日(金)| その他>徒然 
雑記――2013年5~7月

2013年5~7月の雑記

2013年5月6日 午後7時20分〕薄明の中に浮かび上がる山々のシルエットがきれいです。冬の間は葉が落ちて透けていた尾根が新緑に覆われて充実しています。根が能天気なので寂しくもの悲しい冬の山々のもの悲しい感じもいいですが尾根が生き生きとしているこの季節がやはり一番です。(続く)

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:305
タグ  雑記 日常 雑文
2013年08月09日(金)| その他>徒然 
雑記――2013年8~9月

2013年8~9月の雑記

2013年8月12日 午後〕雷雨ちょっと前から雷鳴が聞こえています。昨日も同じくらいの時刻に雷鳴が聞こえ始め、15分ほどしてから激しい雷雨が襲ってきました。今日も降ってきそうな気配です。(続く)

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:308
タグ  雑記 日常 雑文
2013年10月03日(木)| その他>徒然 
雑記――2013年10~12月

2013年10~12月の雑記

2013年10月12日 午後1時〕秋晴れ昨日に続き今日もよく晴れています。太陽の高度が下がって陽射しが部屋の中まで射し込んで来るようになって室温が上がっています。ベランダに面した居間の引き戸は下半分が磨りガラス(曇りガラス)で上半分が透きガラスになっていますが日光は磨りガラスだけでなく透きガラスの5分の1くらいを通して入り込むようになりました。現在の室温は30℃。Tシャツ一枚でも汗ばんできます。(続く)

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:312
2015年07月22日(水)| その他>徒然 
近況報告

大雨が続いた後、なしくずしに梅雨が明けて昨日今日とお日さまカンカンで暑いです。

長いこと記事を書いていませんが日々平穏に発酵生活を送っています。おかげで至って健康。便りのないのはよい便りと申します。乳酸菌液やヨーグルトについては多少分かってきたこともありますのでいずれ新しい記事を書こうと思っています。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:330
2016年06月27日(月)| その他>徒然 
近況報告――東亰ザナドゥ・BABYMETAL

最終更新日 2016年6月30日〕

最後に近況報告を書いてから11か月。新しい記事も投稿せずにずいぶんご無沙汰しております。

発酵生活
ほぼ2日ごとにとぎ汁乳酸菌液を作り、できあがった乳酸菌液を種にした豆乳ヨーグルトを毎晩仕込んで、翌朝できあがったヨーグルトは冷蔵庫に入れて一晩置いてからその翌日の朝食のときに食べています。とぎ汁乳酸菌液は「乳酸菌を培養する(1)――〔基礎編〕米乳酸菌を培養してみた(とぎ汁培養液)」という記事の「乳酸菌液の利用・活用・効能」に書いてあるような用途に利用して日々活用しています。というわけでとぎ汁乳酸菌液を作って利用するという発酵生活は私の日常の一部になっています。

その他 | Trackback (0) | Comment (0) | URL | 携帯 | スマフォ | 記事番号:331
 |  検索カテゴリー:その他  | 
よく読まれている記事
言語
 ことばについての覚書(1)~(3)
 ことばとは何か(1)~(3)
 三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(1)~(5)
 時枝誠記と三浦つとむ(1)(2)
 三浦つとむ「意味とは何か、どこに存在するか」(1)~(3)
 言語と内言――言語の意味
 意味・意義・価値(1)~(3)
 貨幣の使用価値
 言語規範――規範と規範意識
 客体的表現と主体的表現(1)~(4)
 「言語」なしの思考(1)(2)
 三浦つとむ「漢字と振り仮名」
 ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)
 ソシュールの「言語」(1)~(4)
 ソシュール用語の再規定(1)~(4)
 “langue” と “langage”
 認識についての覚書(1)~(7)
 言語表現における概念の二重性と二種類の概念
 自己の二重化(1)~(7)
 二つの主観(1)~(3)
 対象意識(1)~(5)
 三浦つとむ『認識と言語の理論』 まえがき
 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)~(7)
 概念は「言語」に先立つ(1)~(5)
 概念(1)~(5)
 長谷川宏訳『経済学・哲学草稿』――「解説」〈疎外・外化・弁証法〉
 城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』――「訳者解説」ほか
弁証法
 存在と対象(1)~(3)
 三浦つとむ「横目で見る立場から」(1)~(4)
 物自体(1)~(4)
 科学とは何か
 0の概念・マイナスの概念(1)(2)
 マイナス×マイナスはなぜプラスになるのか(1)~(3)
 割り算から見た量(1)(2)
 温度はたし算・引き算できないか(1)(2)
 鏡像における左右反転という現象について
 南半球における月の満ち欠け
 乳酸菌を培養する(1)――〔基礎編〕米乳酸菌を培養してみた(とぎ汁培養液)
 乳酸菌を培養する(2)――〔応用編1〕米ぬか培養液・拡大培養
 乳酸菌を培養する(13)――〔展開編1〕玄米で作る豆乳ヨーグルト(TGGヨーグルト)
 乳酸菌を培養する(18)――〔探究編5〕米乳酸菌は120℃に耐えるか
 乳酸菌を培養する(19)――〔発展編1〕驚異の玄米浸漬培養液
 乳酸菌風呂に対するネガキャン――ニセ科学批判とエア御用
 板倉聖宣『摸倣の時代』――西洋医学と脚気、御用医学と玄米食
 【再掲】ペットボトルを利用した自作じょうご
 システム・フォント変更に関する記事
 メイリオ(1)~(11)
 ブログ内記事で取りあげたソフト・ファイルのDL情報
 ClearType Tuner(1)(2)
 Winamp の表示をメイリオ系にする
 WinAmp の旧バージョン
 コマンドプロンプトで使用するフォント
 Gom Player(1)(2)
 ブラインド・タッチと OEA配列
社会
 ~官房機密費の実態~〔TBSニュースバード〕
 『週刊ポスト』官房機密費告発(1)~(12)
 『週刊ポスト』大新聞は国民の敵だ 1~2
 川端幹人さんのツイート――原発報道のタブー
言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

現在表示しているページ
プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年生れ(69歳♂)。国語と理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

記事案内
カテゴリー一覧
ブログ記事の検索
月別記事検索
ページ検索
 
文字列検索(兼タグ検索)
Google・Yahoo! でブログ内検索

 Google カスタム検索

 Yahoo! サイト内検索

このブログ内を検索 

※コメントも検索します
記事をまとめて読む
上記以外の関連記事は文字列検索(兼タグ検索)を利用してまとめて読めます。
また、各記事の下部にあるタグを利用して関連記事や連番記事をまとめて読むこともできます。
意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

最近のコメント
メールフォーム
個人的なご連絡やご意見・メッセージの送信、あるいはコメント欄では不都合と思われるような一般的なことがらについてのコメント等はこのメールフォームをご利用下さい。FC2ブログが仲介して私宛のメールとして届けてくれます。返信ご不要の場合はメールアドレス欄に no_reply@dummy.jp とご記入下さい。

主なアクセス元
外部リンク集A
シカゴ・ブルース関連
相互リンク
言語過程説・三浦つとむ関連
国家論・言語論…

言語過程説三浦つとむ時枝誠記南郷継正
外部リンク集B
外部リンク集C
社会・政治・経済等

社会・政治・経済等
外部リンク集D
科学・教育
米のとぎ汁乳酸菌
コンピュータ・実用
VisualStyle
メイリオ・システムフォント

コンピュータ・実用
VisualStyle (スキン)
メイリオ・システムフォント
外部リンク集E
資料的なサイト・ページ
お役立ちサイト・ページ
その他・未分類

(PR) /  

FC2Ad

 /