三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(1)(PC版ページへ)

2006年12月08日02:52  言語>言語本質論

ソシュール「言語学」についてはいずれ簡単なまとめのようなものを書こうと思っているが、形而上学的な論理にすっかりあてられてしまったので、頭をすっきりさせ暗闇から復帰するために、現実に根を張った学問研究を貫いた時枝誠記(ときえだもとき)に対して、その言語過程説を批判的に継承すると公言する三浦つとむがつづった論文集「時枝誠記の言語過程説」(『言語学と記号学』勁草書房所収)を紹介したい。この論文集の掉尾は時枝に対する追悼文ともなっている。なお引用にあたって傍点は傍点のように表記し、適宜ルビを振った。また、各論文の末尾にある注のうち引用元の書籍名を示すものは( )に入れて本文中に挿入した。

「時枝誠記の言語過程説」(『言語学と記号学』p.183)

   は じ め に

 科学の分野で創造的な仕事をしている人びとは、集めた資料に首をつっこんで解釈にあけくれていはしない。その発見した諸現象諸事実をふまえて、ゆたかな想像力にものをいわせ、そこから他の事実や構造や一般的な連関などの存在を予想していく。こうして仮説が立つと、それが真に正しいものであるか否かを実際にあたってたしかめていく。偉大な科学者はいずれもなみはずれた想像をくりひろげ、健康な懐疑精神において時には定説を根底からひっくりかえすような大胆な仮説をつくって、現実に問いかけるのである。科学史学者板倉聖宣(いたくらきよのぶ)はいう。

「偉大な科学者といわれる人々が今日からみればまったくばかげていると思われるような予想、仮説のもとに、いかにねばり強く自然に問いかけていったかがわかるでしょう。正しい自然観をもとにした広い視野のもとに先入見ともいわれるような強い信念をもって大胆に自然に問いかけていった人々が、もっとも偉大な科学者になったといってもよいのです。少なくとも、筆者はこれまでの科学史研究の結果、科学の歴史をそのような歴史として書かねばならないと考えています。」(板倉聖宣・上廻昭『仮説実験授業』27~8ページ)

 そして国語学者時枝誠記もつぎのように書いている。

「今日、我々の持つ何等かの言語本質観は、凡(すべ)て歴史的に規定されたものであつて、先ず我々は自己の歴史的に所有する処の言語本質観に対して、飽くまでも批判的であることが必要である。」「言語過程説は、我が旧き国語研究史に現れた言語観と、私の実証的研究に基く言語理論の反省の上に成立し、国語の科学的研究の基礎概念として仮説せられたものであつて、いはゞ言語の本質が何であるかの謎に対する私の解答である。」(『国語学原論』序。表記は原文のまま。時枝の著書は著者名を省略。以下同じ)

「学問の至極の妙味は、スペキュレーションにあると、僕は思ってゐる。事実を山ほど集めて、そこから素晴しい結論が出るだらうなんて期待するのは、学問の邪道さ。」「地球が円いと考へた最初の人間は、やつぱり大変な思惑師だよ。最初の見込みさへ確実なら、事実は必ずあとからついて来るものさ。思惑をやる人間が不精(ぶしょう)なのぢやなくて、資料の上に安心して寝そべつてゐる人間の方が余程のんきだし、不精だよ」(『国語学への道』144~5ページ)

 時枝の言語過程説は、まだ充分理論的に仕上げられていなかった。彼の認識論と論理学の弱さにわざわいされて、機能主義的なふみはずしを克服できず、言語規範の把握や認識構造の説明にも混乱が存在していた。『国語学原論』のソシュール理論批判が、その重要な欠陥をつきながら不徹底なものに終ったのも、その能力の限界を示すものである。けれどもこれらの弱点は、時枝理論が革命的な業績だということを否定するものではない。これまでも言語過程説にはいろいろな疑問や批判が投げかけられているし、的はずれのものも的に当っているものもある。部分的な弱点を指摘するのはけっこうであるが、そこから時枝理論を軽視したり抹殺したりするのは行きすぎである。弱点を訂正して前むきに発展させる方向へすすむのが、われわれのとるべき道である。

 ヨーロッパでは最近構造主義とよばれる一つの思想的潮流が抬頭(たいとう)し、日本でもその輸入商が生れてある程度の信者をつくり出したが、これは言語学が構造言語学とよばれるもので占められていることと無関係ではない。チョムスキー理論などにしても、この一系列であり、また構造主義者とよばれる人びとは構造言語学の概念や論理を他の個別科学に持ちこんで押しつけにかかっている。たとえばレヴィ=ストロースの「構造人類学」にあっては、婚姻の規則や親族関係の体系を一種の〈言語〉と解釈するのである。これを思想的潮流の発展として、大きな目で見るならば、一方で観念論者、他方で自称マルクス主義者ないしマルクス主義をかじった経験のある思想家が、期を同じくして構造という問題に関心を持ちはじめ、合流し浸透しあって潮流を形成しているのである。主観的観念論の系列、たとえばフッサールやカッシラーの流れをくむ者は、理論的な壁につき当った。現象や機能を論じるだけでは、実体は存在しないので機能の函数的構成があるのみだと思っているのでは、それらをささえる対象の構造へ入りこんで理論を前進させることができない。壁を破ろうとする者は構造に注目するようになる。また自称マルクス主義者は、教科書で抽象的な本質論だけを覚えても、それだけでは対象の立体的なありかたをとらえた体系的な理論は出てこないことに、気づいてくる。「病原菌を殺せば結核は治る」とは疑いのない偉大な真理だが、これだけ覚えても目の前につきつけられた患者をどう治療すべきかの具体的な指針にはなりえない。そこで対象の構造に関心を向けていく。これが、一方では「構造言語学」への関心となり、他方では『資本論』の構造分析への関心ともなる。

 さてこの構造主義の説くところはどうかといえば、お粗末の一語につきる。そもそも「構造言語学」それ自体が、チョムスキー理論を含めてお粗末なのであり、意味論もつくれない程度のものであるから、その概念や論理を他の個別科学に持ちこんで押しつけたところで、まともな理論の生れるわけがない。けれども自分の力で対象の構造を論理的にたぐることのできない学者は、どこからか構造の論理を借りてこなければならないから、そこで「構造言語学」によりかかったのである。日本で論じられているのを見ても、『資本論』からいまさらのように「過程」と「構造」をとり出してみせる哲学者はまだいいほうで、ヘーゲルの弁証法は「直線的」だとか、その欠陥がエンゲルスにレーニンにスターリンにつながっているから「宗教改革」が必要だ(北沢方邦「人間主義の終末?」――『現代の理論』1967年12月号)とかいわれると、開いた口がふさがらぬ思いである。ヘーゲル論理学の重層的立体的な全構造が弁証法とよばれたのだということは、三五年前のわれわれの常識であった。弁証法の三法則は矛盾の構造をとらえたもので、ヘーゲルの歴史的=論理的な見かたをマルクス主義は継承したのだと、われわれは理解していた。歴史的=論理的ということばを書き変えると、過程的構造的になる。だからこそ私にしても、時枝が「過程的構造にこそ言語研究の最も重要な問題が存するのである。」(『国語学原論』92ページ)といい切っているのを見て、マルクス主義の知識を持たぬ国語学者が自称マルクス主義者よりもマルクス主義的な把握をしていることに、注目しないわけにはいかなかったのである。

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