三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(5)(PC版ページへ)

2006年12月12日04:16  言語>言語本質論

「時枝誠記の言語過程説」最後の論文を紹介する。

この論文の中で三浦は、話し手(書き手)と聞き手(読み手)それぞれが観念的自己分裂による追体験を通して直接に互いに他のものになるという現象を「対立物の相互浸透」として説明している(対立物の相互浸透:対立する二者が不可離のものとして結びついており、一者が自らを他のものとして創造する、つまり対立する二者が相互に影響し合いながら互いに作り合うという関係)。また観念的自己分裂の過程は「否定の否定」であるともいっている。そこで取り上げられているのが『経済学批判序説』におけるマルクスのことばである。『経済学批判序説』は生産と消費についての詳細な研究であり、マルクスは「消費的生産」および「生産的消費」ということばを使って生産・消費がそれぞれ同時に互いに他のものであることを説明している。

〔注記〕以下の文中において「受容」とあるのは、表現されたものを受け取ってその内容や意味を理解することを表わしている。「解釈」とか「鑑賞」という言葉もあるが意味が限定的なので、それらをも含む広い意味の言葉として「受容」を用いている。

表現もまた広義の生産物であるから言語も人間のつくり出した生産物の一種である(このことに関して認識の対象化(2005/01/31)で簡単に触れたことがある)。そして言語においては表現することが生産であり、受容することが消費であるから、話し手(書き手)が生産者であり、聞き手(読み手)が消費者であるということになる。三浦つとむは観念的自己分裂論を通して、このことを言語学に適用しているのである。マルクスのことばを借りれば、追体験という観念的な実践(観念的自己分裂)において、表現は同時に受容であり(受容的表現)、受容は同時に表現である(表現的受容)ということになろう。『経済学批判序説』はこのように言語の性格を研究する者にとって得るところの多い書であるが、弁証法の実践の書としても読む者に大いに参考になると私は思っている。

三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(『言語学と記号学』p.205)

   言語の論理構造と「哲学者」

 「あり」という語をどう分類するかについては、意見がわかれている。一般には動詞とされているが、他の動詞とちがった性格を持っていることもいろいろな学者が認めている。時枝は存在の概念を表現する場合と判断を表現する場合とがあると指摘し、「あり」は詞に属するものと辞に属するものと二種類あることを認めるべきだと主張した。

「詞と辞とは語の性質上本質的に相違するものであるが、……『あり』に詞としての用法と、辞としての用法とが存在するといふことは、如何なることを意味するのであらうか。これを、最初から『あり』に二の用法があったと解すべきであるか。又は一方の用法が他の用法に転換したと解するのが妥当であるのか。『あり』の場合に於いては、恐らく詞としての動詞的用法の中のあるものが、辞としての用法に転換したと考へるのが、適切の様に思はれる。」(『国語学原論』287頁)

 「なし」についても、やはり二種類を認めることができるし、「あり」と同じく用法の転換があったものと考えられる。「らしい」も二種類あるが、これは辞としての用法がまずあって、後に詞としての用法が生れたものと考えられる。

「詞より辞へは連続的に移るのではなく、客体の概念的表現が、主体の直接的表現に裏返へることによつて辞が成立すると考へなければならない。」(同上、291頁)

 この転換すなわち対立物への転化は飛躍的だと見るのである。

 他方敬語法を見ると、母が子に対して「お母さんが読んであげましょう」というような、現象的には自分自身に対して敬語を用いる奇妙な使いかたがひろく行われている。時枝はこれを特殊と見ないで、正当な使いかただと主張した。

「母が自己に用ゐる敬語の如きは、子供の世界に於ける把握の仕方を母がそのまゝ用ゐたのであつて、そこに母子一体の気持ちが表現されてゐるので、決して敬語の特例とはいふことが出来ないものである。」(同上、473~4頁)

 言語の理解は話し手の言語体験を追体験することであって、これを別のことばでいうなら聞き手の側から話し手に観念的に一体化していくことである。これに対して話し手の側からの観念的な一体化も必要になってくる。大人が子どもに童話を語るときなどは、聞き手が追体験しやすいように話し手が観念的に子どもに転換したうえで考えたり語彙をえらんだりしなければならない。母が子どもに話すときに敬語を用いるのも、子どもの尊敬感を認めて追体験しやすいように語彙をえらんだり、あるいはしつけのために追体験で尊敬感を持つように意図してまず言語体験で敬語を使ったり、みな一体化のための工夫である。ここでも、話し手と聞き手とは本質的に相違し対立するものであるが、聞き手が追体験で観念的に話し手の立場に移ったり、話し手が聞き手のありかたを予想して観念的に聞き手の立場に移って自分に敬意を表したり、対立物への転化が見られるのである。

 話し手と聞き手との間には、媒介関係が存在すると同時に、現実の話し手が観念的に聞き手になり、現実の聞き手が観念的に話し手になるという直接的統一が生れている。「両者の各々が直接に他のものである、というだけでもなく、他のものを媒介するというだけでもない。むしろ両者の各々は、みずから完成することにより他のものを創造し、みずからを他のものとして創造する。」(マルクス『経済学批判序説』第二節)この論理構造は弁証法で「対立物の相互浸透」(Druchdringung der Gegensätze)とよばれるものであるが、ソ連の哲学教科書も毛沢東矛盾論も、相互浸透を「統一性」(Einheit)ないし「同一性」(Identität)に解消させてしまっている。聞き手や読み手は、観念的な自己分裂によって観念的な自己として追体験をすすめ、この追体験の過程において獲得したものをひっさげて現実的な自己に復帰する。これは否定の否定とよばれる論理構造であって、第一の否定である観念的な自己としての追体験の獲得物が、第二の否定である現実的な自己への復帰に際して止揚されることを認めて、「みずからを他のものとして創造する」事実を追跡していかなければ、言語による教育という問題を認識論的に説明することはできない。しかしこの否定の否定の法則に対しては、デューリングこのかた、自称マルクス主義者すらも「ヘーゲル的詭弁」だと攻撃を加えている。最近では革命後の毛沢東が公然とエンゲルスに反対してこの法則を否定し、これを「否定と肯定の法則」に修正している。ソ連や中国で科学の名に値する体系的な言語理論が出現しない理由の一つは、研究の武器となるべき弁証法が歪曲されていることであり、構造主義の擡頭(たいとう)した理由の一つもまたここに求められる。

 自称マルクス主義者をふくめて、いわゆる革新的な学者たちは、時枝理論を保守的反動的なものと見なして来た。たしかに現象的にはそう見えたのである。第一に、『国語学原論』は真珠湾攻撃の月に出版され、当局の推薦図書となった。保守反動で侵略政策を遂行し神がかりの非科学的なイデオロギーを国民に押しつける当局の推薦であるから、そんな書物の内容は非科学的で保守反動的であろうと思いこむ人も少くなかった。第二に、ソシュール理論をはじめヨーロッパから輸入された言語学を排して、徳川時代の旧国語学をそれにまさるものと評価したのが、排外的で非科学的な復古主義に誤解された。第三に、「主体」を強調したことが、戦後の主体性論争における「主体」の強調とそれに対する「批判」とにむすびつけられて、時枝の主張する主体もまた観念論哲学者のふりまわす「主体」と同じだと解釈される結果となった。第四に、マルクス主義の最高権威であるとされていたスターリンが言語学について語ったとき、時枝がそれを批判したこと*も、マルクス主義に敵対する理論すなわち反動的理論と烙印される結果になった。第五に、戦後の一連の言語改革に対して時枝は批判的であり、批判的な人びとのグループ国語問題協議会の一員であった**。福田恆存のような、政治的に反動的でイデオロギー的には唯物論を攻撃する人間と、同じグループに属している学者なら、同じく反動的な観念論者にちがいないということになる。どこから見ても時枝は、革新や革命とは縁のない学者で、縁のない理論を提出したように見えたのである。マルクス主義者と名のる大島義夫やタカクラ・テルが時枝を攻撃しているのに、同じくマルクス主義者と名のる私が時枝を支持したのは、多くの人びとに奇異の感を与えたらしい。マルクス主義者は弁証法を身につけているはずであるが、それが時枝理論を攻撃したのは、その論理構造を正しく理解する能力を持たないことを告白したものにほかならない。

 スターリンが言語学論文を発表すると、ソ連以外の国でも絶大な讃辞がまきおこった。日本の進歩的な哲学者たちは口をそろえてこれを支持し、批判を公にした時枝を攻撃した。マルクス主義「哲学者」と名のる人びとは影が薄くなったとはいうものの、いまもってマルクス主義「哲学」なるものを説きつづけている。なるほどマルクス主義は唯物論を主張し弁証法を説いてはいるが、それらはもはや哲学ではない。それらが哲学の歴史の中でとりあげられて来たことを理由に、マルクス主義「哲学」とよびマルクス主義「哲学者」と名のる解釈学者が存在することを、許すものではない。なぜなら、マルクス主義は哲学の止揚を主張し実行しているからである。

「もしわれわれが頭脳のなかから世界図式論を導きだすのではなくて、単に頭脳を媒介としてそれを現実の世界から導きだすのならば、存在するものから存在の諸原則を導きだすのならば、そのためには哲学は必要でなく、世界と世界のなかの出来事とに関する実証的な知識が必要になってくる。そして、そこから出てくるものもやはり哲学ではなくて、実証科学なのである。」(エンゲルス『反デューリング論』第一篇第三章)

「この唯物論(近代唯物論――引用者)、すなわち否定の否定は単に古い唯物論の復位ではなくて、古い唯物論の永続的な基礎のうえになお哲学ならびに自然科学の二千年間にわたる発展と、この二千年間の歴史そのものとの全思想内容とをつけ加えるものである。それはもはやそもそも哲学ではなくて、一つの単純な世界観であって、それはなにかとびはなれた科学中の科学ともいうべきものにおいてではなく、現実の諸科学のうちにおいてみずからを確証し、その働きを示さなければならぬものなのである。であるから、哲学はここでは『止揚されている』、つまり『克服されるとともに保存されている』わけだ。」(同上、第一篇第一三章)

 唯物論も弁証法も、マルクス主義にあっては科学者としての態度において現実の世界から再発見され、科学の体系の一環として組み入れられているのである。内容が哲学のそれと同じであったとしても、それを理由にこれらを「哲学」とよぶことは許されていない。対立物の相互浸透を統一性に解消させたのは、ミーチンたちマルクス主義「哲学者」であったが、それ以後の「哲学者」たちはいずれもこの解消を支持して疑いを持たなかったし、スターリンの幼稚な歪められた言語論にも感激こそすれ疑いを持たなかった。スターリンは言語と言語規範とをすりかえて、言語それ自体が受けつがれるとか変化していくとか説くのだが、スターリンに批判的だったフランスのマルクス主義「哲学者」ルフェーブルさえ、「言語は実践的(それは使用される)であると同時に理論的(それは表現し、思惟を可能ならしめる)である(ルフェーブル『マルクス主義』(文庫クセジュ))***」ソシュール的発想を受け売りしている。マルクス主義「哲学者」たちは、それらの中のもっとも有能な人間さえ理論的に鈍感で信頼できないが、それは彼らが対象を直視してこれと取組み、一切の理論と方法と問題とを対象から導きだそうとする、時枝のような「学問する」態度を欠いていたからにほかならない。

「たとへ対象の考察以前に方法や理論があつたとしても、それはやがて対象の考察に従つて、或は変更せらるべき暫定的な仮説として、或は予想としてのみ意義を有するのである。」(『国語学原論』4頁)

「もし、研究者が、研究法と学問の体系とについてのみ知識を持つてゐて、少しも対象である国語そのものに対して沈潜し凝視することがなければ、それは学問に対する態度としては、本末顛倒である。そのやうな態度に対しては、甚だ極端な、また誇張した云ひ方かも知れないが、学問の体系や研究法に対する一切の知識を捨てても、先ず、対象を求め、対象を凝視する我が心のありかたを追求したい。対象に対する研究者の心の燃焼こそ、学問のすべての出発点だからである。」(『国語学への道』6頁)

 このことばは、学問における革命を実践した人間から、哲学的解釈学者への警告として、深く味わうべきものである。自称マルクス主義者は、「国語」という文字を「現実の資本」とか「現実の国家」とか「現実の諸矛盾」とか書き換えて、自分たちが本末顛倒におちいっていないかどうか、点検してみる必要がある。本末転倒におちいっていないと、胸をはっていえるような学者は、それほどいないはずである。

     *

 時枝は胃癌のため、一九六七年一〇月二七日に六六歳で世を去った。私は彼の講義を聞いたことがないし、ことばをかわしたこともただ一度しかない。時枝の弟子で会ったことがあるのも、大野晋だけであって、どれだけの弟子がどんな仕事をしているかも知らないが、私は時枝理論から多くのものを学んだので自分も弟子だと思っているし、最良の弟子の一人だと自負している。この小論文は編集部の依頼による****ものだが、私は時枝に対する追悼の意味をもふくめて書いた。

* 『中央公論』一九五〇年一〇月号に「スターリン『言語学におけるマルクス主義』が発表されている。その反応の一例として、哲学者的態度の典型的にあらわれているものを示そう。
 「時枝氏のこの論文を読むと、スターリンから何かを学びとろうという気持はないことがまずすぐ洞察される。言語のような極めて実践的な問題となると、スターリンのような政治的にいわば天才的な、そして現実の十字路に立っているような人から発言があったら、私たちなら少なくとも何はおいてもその真意を傾聴したくなるのである。ところが時枝氏のこの論文に対する理解はそのようになっていない。(中略) 折角のスターリンの論文もこのように歪曲して理解した上、自分流に批判されてはたまらない。結局、この国語学者は言語の本質がわかっていないということになる。」(三枝博音「スターリン言語観の日本における一解釈」――『民科研究ニュース』一九五一年二月号)

** 『国語問題のために――国語問題白書』(一九六二年)という小冊子は、この協議会の中の研究調査委員会の討議にもとづいて、委員長の時枝が執筆したものである。戦後行われた多くの国語政策はすべて進歩的肯定的で、これに反対する者は保守反動のイデオロギーの持ち主だと思っている人びとに、一読をすすめたい。

*** これはスターリン言語学論文より二年前に書かれている。スターリンの誤謬はソシュールのそれと共通しているから、時枝はすぐ気がついたのだが、ルフェーブルは気がつかなかったと思われる。

**** 時枝理論は言語学ないし国語学のかかえている多種多様の問題を言語過程説の足場から吟味しなおしているが、そのすべてが正当であるとはいえないから、それらを追跡して評価し批判し是正しなければならないわけである。この小論文では評価すべきものさえ全面的にとりあげることはできない。時枝理論をいかに止揚しさらに発展させるかについて、私の具体的な解答を知りたい読者は『認識と言語の理論』および『日本語の文法』(勁草書房刊)を見てほしい。

  (註) 一九六七年一二月に書かれたもの。『文学』一九六八年二月号に掲載された。本書に収めるに際してわずかの加筆を行った。

三浦は「人間が労働能力を支出するのは労働能力を獲得するためでもある。これはひとつの矛盾だが、自然をまず人間化し、この人間化された自然をふたたび人間にとりもどす(使用あるいは消費)という生産的実践は、まさに実在する矛盾の発展、現実的な否定の否定である(『スターリンの言語学論文をめぐって』) という表現で、マルクスのいう生産的消費が「労働能力を獲得するため」の消費であり「人間化された自然をふたたび人間にとりもどす(使用あるいは消費)という生産的実践」であるといっている。

この生産的消費ということを言語について敷衍するならば、人間の言語受容過程は同時に言語表現能力を獲得する過程でもあることを示しており、言語規範を身につけそれを媒介として言語表現を行なう能力は、類的存在である人間が他者あるいは自己が表現した言語を再び受容する実践を経て獲得されることを示している。逆に消費的生産を言語に即して見れば、人間の言語表現過程は同時に言語受容能力を獲得する過程でもあり、身についた言語規範を媒介として自ら言語を表現する実践を通して人間は他者あるいは自己の表現した言語を受容する能力を獲得するということを示してもいる。つまり、人間の言語能力は自ら言語を受容し言語を表現する実践を通じて相互浸透的に獲得されるものであることを意味しているのである。そしてこれらの実践は三浦つとむのいうように観念的自己分裂を介した追体験過程なのである。

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