存在と対象(3)――非存在という概念(PC版ページへ)

2007年10月17日06:09  弁証法>未分類

前稿(「存在と対象(2)――現象するものは存在する」)に引用したディーツゲンのことばを簡潔にまとめれば「事物は現象する。そして現象する範囲内においてのみ(事物は)存在する」「いかなる事物もそれ自体だけで(an und für sich)現れることはなく、常に他の感覚現象と結合して現れる」ということになろう。このことを私自身のことばで表現するとつぎのようになる。

存在という概念はものごとが私たちに対するものとして現象すること一般をとらえた概念である。そして現象は複数のものごとが互いに関わり合うことによって生ずるものであり、いかなるものごとも他者との関わりをもたずに現象することはない。したがって、個別のものごとの存在という概念(個別概念)はそのものごとを含む複数のものごとが互いに関係しあうさまを私たちがとらえたときに生まれる関係概念である。しかもその関係は私たちに対するものとして現象しているのであるから、個別のものごとの存在という概念は現象と私たち自身とが互いに対峙している関係すなわちものごとと私たち自身とが互いに対峙している関係をも同時に含んだ関係概念である。

ものごとが現象しているとき、そのものごとは他のものごとと何らかの関係をもっている。言いかえれば現象しているものごとは他のものごとを(関係の)対象としてかならずもっている。そのときそのものごとはその対象に対するものとして現象しているのであるから、そのものごとはその対象にとって存在している。そして同時に対象はそのものごとにとっても存在している。

このことを簡潔に言えば、対象をもつものごとは(対象に対するものとして)存在している。と同時に対象は(ものごとに対するものとして)存在している。つまり、対象的なものごとは互いに対するものとしてともに存在しているのである。「存在と対象(1)――存在は対他的である」で書いたように、ものごととその対象とは現象することによって互いにその存在を証し合う(示し合う)のであり、それゆえものごととその対象とは現象することによって互いに他に対する存在(対他的存在)となり、それを契機としてそれぞれが自己に対する存在(対自的存在)となるのである。このことをディーツゲンはつぎのように言っている。

『人間の頭脳活動の本質』「二 純粋理性或は一般的思惟能力」から

世界は関連においてのみ存在する。この関連から引離された事物は存在することを止める。事物は他のものに対して(für anderes)存在し、活動し或は現象することによってのみ、自己に対して(für sich)存在する。(p.42)

非存在についても同様である。あるものごとの非存在とはある対象に対する非存在として現象する。つまり、あるものごとがある対象に対するものとして現象しないとき、ものごとはその対象に対して存在しない。その場合、そのものごとはその対象以外のものごとに対するものとして現象しているか、あるいはそのものごとが元の形態を失って他の形態でその対象あるいは他のものごとに対するものとして現象しているのである〔2007.10.18追記。逆に、あるものごとにとって対象の非存在とは、対象がそのものごとに対するものとして現象していないことを意味する。つまり、対象がそのものごと以外の何ものかに対するものとして現象しているか、でなければ対象が元の形態を失って他の形態でそのものごとあるいは他のものごとに対するものとして現象していることを意味するのである。

〔2007.10.18追記

したがって、あるものごとが私たちに対して現に非存在であるとしてもそのことが直ちにそのものごとの非存在を意味するわけではない。そのものごとは私たち以外の他のものごとに対しては存在している可能性がある。実際、あるものごとが他のものごとに対して存在していることを私たちに確信させるような根拠のある現象や事実があるなら、私たちはそのものごとの存在を疑わない。私たちに対するものとして直接現象していなくても、他のものごとに対して現象していることあるいは現象したことを間接的・媒介的に知ることによってあるものごとの存在を知ることも多い。私たちは直接見たこともないし触れたこともない数え切れないほど多くのものごとについて知っているし、それら多くのものごとの存在を疑わない。ただし、そのようなものごとの場合、存在することの十分な根拠や証拠なしにはその存在を確信することは難しい。とはいえ、直接確かめたわけではないからといって完全に否定することはまちがいであるし、それとは反対に根拠や証拠を検証することなくそのような間接的な情報を鵜呑みにするのもまちがいである。その場合の存在の可能性・蓋然性はそれらの根拠や証拠がどの程度確かであるかに依存しているのであるから、根拠や証拠について十分に注意深く検討することが必要である。

〔2007.10.19追記

このあたりのことは、物性や力学、化学、生物などの実験をある程度経験した人には自明なことがらだろうと思う。定性分析では、まさにディーツゲンの言うように対象の存在によって起こる現象(化学反応の結果生じる現象)が私たちの眼前で観察されることによってある物質の存在が示される。物理学や化学、生物学に限らず、日常生活で体験するほとんどの現象はこれらの知識で理解できるし、身の回りで目にする現象のすべてがディーツゲンの指摘するような性格のものであることも分かる。ただ、指摘されてみるまでは当たり前過ぎてそこまで考えてもみない、というのが大方のところであろう。

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