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プロフィール

Author:シカゴ・ブルース

1948年生れ。理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱きつづけています。

〔08/01/08追記〕シカゴ・ブルースというハンドルネームは長いので、以後コメント等では単に シカゴ という略称を使います。

認識についての覚書(4)――表象と概念

〔2004.03.09記〕

 認識についての覚書(1)〜(7)をまとめて読む。

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。転載にあたって多少の体裁変更を行ないました。知見としては古いものもありますが大筋は変わっていないと思います。

5. 表象と概念


脳の精神作用

脳の生理的な機能である知覚・認知・記憶・思考・判断・意志・欲求・感情・創造・人格・意識などは相互に関連し合い影響し合って働いている。心理学ではこれらを知覚理性悟性知性感性という各精神作用に分類し、哲学ではこのうち知覚を除いたものを思惟とよんでいる。また、一般にすべての精神作用およびその精神作用が行なわれる場のことを意識とよび、意識において、意識の主体が何かを意識の客体としてとらえることを認識(認識する)という。また意識の客体つまり対象認知および対象認識――認知内容および認識内容――を合わせたものも認識とよばれる。したがって認識という概念はかなり広範囲のものを含んでいる。

表象

本を読んでいるときには映像が脳裏に浮かんだり、音像が脳内できこえたりする。これらの映像や音像などは記憶された知覚表象が再現されたものである。哲学・心理学ではかつては知覚表象や記憶表象、想像表象、幻想、妄想、さらには知覚表象に続いて起こる残像、夢に現われる像など、脳裏に浮かぶ心的な像をすべて表象とよんでいた。しかしさまざまな心像のうち知覚表象(感覚表象)以外のものは、すべて記憶された知覚表象がなんらかの形で再現されたものであり知覚表象とは性格が異なる(知覚表象は現前している現実の対象の像(反映)であるがそれ以外の心像は経験された現実の対象の再現前である)。したがって今日では単に表象という場合には知覚表象を除外して、再現された心像による対象認識だけをいうのがふつうである。そして心理学では知覚表象が再現されたものはすべて表象と認めるから、視覚表象(映像表象)・聴覚表象(音声表象・音像表象)に加えて、味覚表象や嗅覚表象・痛覚表象・運動表象…やこれらの連合した連合表象も表象とよばれる。さまざまな表象のうち言語に直接関係するのは音声言語表象(聴覚表象)や文字言語表象(視覚表象)、手話言語表象(視覚表象)、点字言語表象(圧覚表象)などである。

概念・観念

上で「表象は知覚表象が再現されたもの」と書いたが、実際によく観察してみると表象は知覚表象の単なる再現ではない。表象は精神活動にともなって現れる。逆にいえば精神活動は表象の媒介なしには不可能なのである。それゆえ表象は知覚表象の単なる再現ではなく、知覚表象の中から精神活動に必要な情報だけが選択的に抽出されて形成されるものである(一口に表象といってもその抽象化レベルはさまざまであり、知覚表象に近い明瞭なものからかなり不分明なかすかなものまで多種多様である)。しかも表象は表象そのものとして単独に現れることは少ない。多くの場合、幼少のころから積み重ねられた知覚体験と精神活動を通じて多くの同種の表象の中から抽象された、非感性的なもの、すなわち概念をともなっているのが表象の特徴なのである。つまり表象はつねに非感性的な内容をともなっているのである。ふつうはこのような表象と概念が結びついている心像も概念とよんでいるが、哲学では純粋な概念と表象と概念が結びついている心像とを区別して、後者を特に観念とよぶこともある(一般には観念はすべての心像を表わす語として用いられる)。しかし、逆にいえば純粋な概念は非感性的なものであるから、感性的なものつまりなんらかの感性的な表象をともなわなければその存在を認識することができないのである。そういう意味では多くの辞書が表象・概念・観念を同列に並べて扱っているのはそれなりの裏づけがあるわけである。

一般化能力

近年の発達心理学によると人の乳児は生後二か月過ぎから大脳皮質が働き始めるとともに、四六時中自分の世話をしてくれる保護者と他の人とを顔で見分けるようになるという。これは学習の始まりであり、繰り返し出会う保護者の顔の特徴をつかみ取る能力が働き始めていることを意味する。そしてこの一種生得的な学習システムの発動が乳児の一般化・抽象化の能力を触発し大脳皮質の発達を促すといわれている。

1歳〜1歳半の乳幼児は言語(言語規範)獲得以前に思考の基本であるカテゴリー(ここでは語彙の前形態的なもの)をすでにもっており、もっと後になって獲得される語彙はこの言語以前の思考を基礎として形成されるということが分かってきている。ただし、この時期のカテゴリーは抽象的な概念ではなく知覚表象に関連したイメージ(表象)によって構成されており、一般化能力も類別の段階にとどまっていて分類の段階にはまだ至っていない。

言語(言語規範)獲得以前の乳幼児の思考はおとなが行なう概念をともなった思考とは異なり、前概念的なイメージスキーマによるものだという。イメージスキーマとは現実の空間的な構造が概念の構造として写し取られたものである。つまり、物体の運動の経路とか物と物の上下関係などといった空間的構造の知覚表象の構造概念の構造として抽出されたものをいう。このイメージスキーマは、異なる種類のもの同士を共通な概念構造(論理構造)をもったものとして関連づけ、比喩表現を行なうときにおとなも無意識のうちに用いているものである。

幼児は成長にしたがって分類の能力をも獲得し3歳ころまでには表象を用いた上位・下位のカテゴリーを分別できるようになり、言語(言語規範)を獲得するための一般化・抽象化能力つまり概念化能力の準備を始める。こうして認識能力、概念化能力、ならびに聴覚や視覚などの知覚をある観念に対応させる能力の発達を待って幼児は言語(言語規範)を獲得するべくその一歩を踏み出すことになる。

個別概念と一般概念

私自身の観察(内省)によれば、知覚表象はその直後に引き続く残像的な表象をともなっていることが多い(かなり集中した状態で観察しないとこの表象は確認できないが)。独断的にいえばこの知覚表象にともなう残像的(エコー的)な表象が概念(観念)形成に直接関与しているように思われる。対象の知覚表象にともなって形成される概念(観念)はいわば個別的な概念であり、このリンゴ、あのリンゴというような個別性をもったものである。もちろん概念(観念)であるからそれはリンゴ一般を貫く共通性をそのうちに含んでいる。このような個別概念は観念として記憶の内に貯えられることになる。あらたにリンゴと出会うとこのとき形成されるリンゴの個別概念(観念)は記憶されたリンゴの個別概念(観念)と比較・対照され、そのうちから共通なものが抽象されることによってリンゴというものの概念(観念)が形成される。こうして多くのリンゴと出会ううちにリンゴの概念(観念)はより一般的・抽象的なものになり、それはリンゴの一般概念(純粋概念)となる。通常の知覚においては、まず「このリンゴ」=個別概念(観念)が形成されそれとほとんど同時に「リンゴ」=一般概念としての認識が成立する。この一般概念としての認識は記憶されていたリンゴの一般概念の媒介によって成立するのである。

一方、概念(観念)の中には個体(個性)の概念とでもいうべきものもある。たとえば、自宅の近くにある一本の桜の木である。この桜の木を見るたびに私の脳中にはこの桜の木の個別概念が形成されるが、その後に桜の木一般としての「サクラノキ」=一般概念とともに、いつに変らぬ「この桜の木」という概念が生じているのである。いつに変らぬ「この桜の木」という概念は、何度も何度もこの桜の木と出会うたびに、脳中に生じる個別概念のうちから抽出された、時の変化にもかかわらず変化することのないこの桜の木の個性の概念である。このような概念を個体概念と名づけるなら、これは同一個体のアイデンティティ(同一性)を抽象した概念ということができる。言語学では固有名詞は概念(一般概念)をもたない、つまり固有名詞は「意味」をもたないといわれている。しかし、固有名詞は実は個体概念と結びついているのであって、それなりの「意味」をもっているのではないかと私は思っている。人々はこの個体概念のことをアイデンティティとよんでいるだけではないかと思うのである。さらにいうなら、個体概念は他の概念と同様に一般化・抽象化の過程を経て形成されるものであるから概念としての資格をりっぱにもっているのである。

◇◇◇ 2004.03.09/2004.03.14訂正/2006.07.19修正 ◇◇◇

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