はページ内リンク、は当ブログ内別ページへのリンク、は外部リンク(別窓で開きます)を表しています。

 人気のある記事・よく読まれている記事は よく読まれている記事 からどうぞ。

 記事をまとめて読む のリンクを使えば連番記事や関連する記事群を投稿順にまとめて読めます。

 ClearType, VisualStyle やメイリオ系フォント・システムフォントについての記事群はタグ【メイリオ】から。

 米とぎ汁・米ぬか水・玄米浸潤液等を使った乳酸菌の培養やその応用・活用・効能等についてはタグ【発酵乳酸菌液】から。

 過去記事の閲覧は 全記事一覧、または カテゴリー別記事インデックス をご利用下さい。

FC2カウンター

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


★参考<『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学>(三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

現在表示しているページの案内
記事案内
各種記事検索
月別記事検索
カテゴリー別記事検索
ページ別記事検索
 
文字列検索(兼タグ検索)
記事をまとめて読む
大カテゴリー内の記事を読む
言語  意識・認識  弁証法
教育・知識  実用・遊び  社会
上記以外の関連記事はタグ一覧、あるいは文字列検索(兼タグ検索)を利用してまとめて読めます。
また、各記事の下部にあるタグリストを利用して関連記事や連番記事をまとめて読むこともできます。
ツイッター

シカゴ・ブルースのついろぐ        

外部リンク集A
シカゴ・ブルース関連
相互リンク
言語過程説・三浦つとむ関連
国家論・言語論…

シカゴ・ブルース
外部リンク集B
外部リンク集C
社会・政治・経済等

社会・政治・経済等
外部リンク集D
科学・教育・コンピュータ・実用
メイリオ関連

科学・教育・コンピュータ・実用
メイリオ関連
外部リンク集E
資料的なサイト・ページ
お役立ちサイト・ページ
その他・未分類

ツイッター(twitter)
最近のコメントほか
最近のコメント
最近のトラックバック
プロフィール

シカゴ・ブルース

Author:シカゴ・ブルース (okrchicagob)

1948年生れ。理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

〔追記〕シカゴ・ブルースというハンドルネームは長いので、コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

メールフォーム
個人的なご連絡やご意見・メッセージの送信、あるいはコメント欄では不都合と思われるような一般的なことがらについてのコメント等はこのメールフォームをご利用下さい。FC2ブログが仲介して私宛のメールとして届けてくれます。返信ご不要の場合はメール欄に no_reply@dummy.jp とご記入下さい。

名前:
メール:
件名:
本文:

track feed
 
『認識と言語の理論 I』を読む 1(6)――表象の位置づけと役割

三浦つとむ『認識と言語の理論』第一部「認識の発展」から
  第一章「認識論と矛盾論」「六 表象の位置づけと役割」。

〔注記〕 原著の傍点は読点または句点のように表記している。

三浦つとむ『認識と言語の理論 第一部』(勁草書房) p.48~ 

 われわれの感覚器官が受動的に現実の世界を反映していることは疑う余地がない。目はカメラのレンズと同じように、対象からの光を受けとめて像をつくり出しているのであって、手のひらで目をおおえば見えなくなるのは、レンズにキャップをかぶせれば写らなくなるのと同じことである。けれどもわれわれの目は受動的に働くにとどまるものではなく、それと同時にわれわれの側からも能動的な、現実をとらえよう現実を見ようとする働きかけが行われている。この能動性の第一歩は注意である。これも、受動的な反映から反射的に行われるような段階もあれば、未来に対する先走った認識に基礎づけられて、それが実現するのを期待するような段階もあって、発展的に理解しなければならない。あるいていると後方で大きな声がしたので、思わずそちらへ視線を向けるような段階もあれば、まいた朝顔の種子がもう芽を出すころだと考えて、庭に目をやるような段階もある。彼女と六時に駅で会いましょうと約束したので、時計の針の動きと駅の出口からはきだされてくる乗客とを交互にながめるような注意のありかたは、発展した段階のものであって、同じ注意にも主体的条件のちがいが存在する。さらに能動的な働きは発見である。これも注意と同じように、受動的な反映から反射的に行われるような段階もあれば、未来に対する先走った認識に基礎づけられて、それが実現するのを期待するような段階もあって、発展的に理解しなければならない。下を向いてあるいていたら小さな紙包が落ちていたので、直観的にさてはと思って開いてみたら百万円の紙幣束が入っていたような段階もあれば、手さげ金庫の中にかなりの現金が入っているはずだとにらんでしのびこんだ泥棒が、開けて思わずニッコリするような段階もある。ぬすまれた重要な手紙は大臣の身辺のすぐ目につくところにあるにちがいないとにらんで、緑色の眼鏡の後から部屋を見まわし、状差(じょうさし)の中にあるのが見かけこそちがえ問題の手紙だと見破るような発見のありかたは、発展した段階のものであり、同じ発見にも主体的条件のちがいが存在する。

人間の認知・認識は外部の対象からの受動的な反映から始まるが、人間の意識はそれに甘んじていることができない。人間は生きて生活している。生活を維持するには外部と交通しなければならない。それゆえ人間は外部の対象に積極的に能動的に否応なしに働きかけていく。そうした実践を媒介にして人間の認識は能動的なものになる。マルクスや三浦のいう反映はこのような能動的な意識・認識を包含した概念であり、俗に理解されているような単純な唯物論的反映=受動的反映ではない。また三浦のいう「認識」は哲学的な概念である思惟(知覚を除く意識のあらゆる活動)と知覚とを含んでいる、つまり意識のあらゆる活動を含んでいるので三浦の書いたものを理解するにはその点を考慮しながら読まなくてはならない。

意識の能動性は欲望や意欲から生まれるがこれは生存本能としては基本的にすべての動物(誤解を恐れずにいえば植物も)が生まれながらにもっているものである。しかし人間は現実に働きかける現実的実践のみならず概念化能力を駆使した理論的実践をも行なっているし、ある程度の年齢で自己意識を獲得するから人間の意識は単に動物的な意識にとどまってはいないし欲望や意欲も再生産される(人間の自由な意識活動は自己意識の賜物である)。

注意発見も現実への働きかけ(現実的実践)を促す能動的な意識活動の一つのあり方であり、理論的実践との交互関係(相互浸透)によってこれらも発展する。理論的実践(思考)は観念的自己分裂過程の一つの形態である。

同上 p.49~ 

 認識は感覚を出発点としてのぼるだけではない。反対に感覚へとくだることも絶えず行われているから、のぼるとくだるという対立した過程を統一してとらえることが必要になってくる感覚をみがくとか感覚を訓練するとかいう問題は、くだる過程の問題でもあって、受動的な単なる経験のくりかえしと考えてはならない。

 対象のありかたが変化したり、われわれの現実的な位置が変化し感覚器官のありかたが変化したりすれば、感覚はつぎつぎと変化していく。感覚はその意味で現実の世界のありかたの変化を鋭敏に感じとることができるが、さきの感覚はもはやつぎの瞬間には存在しなくなってしまう。実践は感覚の変化だけでなく維持をも要求するが、脳は対象から与えられた感性的な像を記憶にとどめることによってこの矛盾した要求にこたえるのである。感覚をそのまま再生することは不可能であるが、ある程度の具体性を持たせて再生することは可能であり、この再生は単にかつての経験を追想するにとどまらず、認識の発展にとって一つの段階をつくり出すことにもなる。シルエット対象の感性的なありかたはたしかに千差万別であり、個々の人間はそれぞれ感性的に異ったかたちを持っているにはちがいないが、すこしはなれた位置から大きなつかみかたをすれば、それらの個性を超えてそれなりに共通したものをとらえることができる。同じことが、個々の馬についてもいえる。それゆえ、人間と馬の頭のシルエットを見せられれば、これが何であれは何だと、大多数の人びとが正しく指摘できるわけである。ディーツゲンのことばをかりるなら、人間は感覚から「一般的なものを生み出すような認識」へとのぼっていくのではあるが、特殊性を捨象してしまった一般的な認識ではなく、まだ感性的な特殊性をある程度伴ったままでの一般的な認識も、いわば過渡的な段階としてそれなりの有用性を持っており、実践的にいろいろな役割を果しているのである。これが表象である。

知覚表象*とよばれる対象認識は現前の対象からの物質的・物理的刺戟を感覚器官がとらえそれが脳においてただちに映像化されたものであり視覚映像にせよ聴覚映像にせよ私たちにとって非常にリアルな映像である。知覚表象は知覚とも感覚表象ともよばれるが日常用語としては感覚(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・体性感覚等)という語が使われている。これに対し表象(represent)は上で三浦が書いているように記憶から再現された映像である。表象は知覚表象から抽象されたものでありその像は知覚表象ほど鮮明ではない。しかしそれは映像であると同時に概念的な把握をともなっている。それゆえ三浦がいうように表象は特殊的・感性的な認識と一般的・非感性的・概念的な認識とを同時に備えた対象認識である。言語についての記事で私が個別概念とよんでいるのはこの表象のことである。「個別」に特殊的・感性的な側面を、「概念」に一般的・非感性的な側面を受け持たせてそうよんでいるわけである(「個別」という語には特殊と普遍との統一という意味合いもある)。表象は私たちが想像的な意識活動を行なっているときに脳裏に浮かんでいる像であり、夢を見ているときにも私たちは表象を見ている。比喩的な意味で「夢」という語が使われる場合も私たちはなんらかの表象を心の内に思い描いている。

* 知覚表象(知覚)は高次の連合野において感覚が分析・統合されて形成される。知覚表象は個別的・特殊的な対象認識ではあるが通常は記憶からのフィードバックを受けて同時に概念的な把握も伴っている。それゆえ概念的な把握を伴っているという意味を込めたいときには知覚表象という語ではなく認知あるいは対象認知という語が使われる。

同上 p.50~ 

 表象も単純なものから複雑なものへと発展していく。窃盗・強盗・殺人など、犯罪のありかたは千差万別であって、さらに窃盗の常習犯といわれる者もそれぞれ異なった犯罪を行っているにはちがいないが、大きなつかみかたをすれば個々の犯罪のありかたを超えた共通した特徴をとらえることができる。これを警察では「手口」とよんでいるが、これも一つの表象としての認識である。新しい犯罪が行われたとき、その感性的なありかたの特徴をつかみ、前科者の「手口」をカードでしらべてこれと一致する者をえらび出し、これらに注意してついに犯人を発見したということも、しばしば起る事実であって、表象の有用性の一例をここに見ることができる。

 表象は感覚からの抽象としてのぼるかたちをとって成立するが、「手口」のようにつぎに一転してくだるかたちをとって感覚における発見のための基礎となり、能動的な役割を果すことも多い(1)配線図家や機械などの設計のように、はじめ抽象的なありかたを思い浮べ、それを次第に具体化していくときにも、その過渡的な段階として表象を持ちこんであてはめていくことがしばしば行われる。つぎの図はトランシーヴァーの初歩的なものの設計であって、見るように(1)がもっとも抽象的であり、(2)から(3)へと順次に具体的になっている。技術者がこれを設計するときには、まず(1)を頭の中に描いて、それから(2)に具体化する。彼が自分でこの装置を製作しようとするならば、(2)の12(変圧器1, 変圧器2を指している――引用者)はどこの会社の何という製品を使おうとか、このくらいのケースをつくってこのように部分品をおさめようとか、完成した装置のありかたにまで先走って具体化して考えていく。けれども、他の人びとにこの設計を教えてつくらせようとするならば、(2)だけではさらに具体化して考えることのできない人びとのために、(3)をつけ加えることが効果的である。(2)を配線図、(3)を実体配線図とよぶ。(2)と(3)を比較すれば、(2)の記号に相当するものを感性的なかたちでつかむことができ、どんな部分品を使って相互をどのようにむすびつけるかを、ヨリ具体的に知ることができる。(3)では部分品が感性的なかたちで示されているが、それは特定の部分品の忠実な模写ではない。各会社の製品は千差万別であって、ここではそれらに共通したものを大きくつかんでいるにすぎない。それゆえ実際に製作するときの部分品のかたちは、この(3)に示されているものと異ってくるかも知れないが、それは(3)の筆者もそして読者も暗黙のうちに了解ずみのことである。それゆえ(3)の部分品のとらえかたは、現実に使われる部分品の感性的な特殊性をある程度保持することによって、具体的な理解に役立てながら、しかも特定の製品ではなく一般的な種類としてとりあげたものだということになる。それゆえこれは表象である(「表象」というより「表象的なもの」という方が適切かもしれない――引用者)

(1) 感性的認識から理性的認識への発展であるとか、理論と実践との統一であるとかいう考えかたは、認識の一面をとらえたものであるから、その把握が正当であるとはいってもこれだけをバカの一つ覚えでふりまわすと誤謬に転化しかねない。認識のそれぞれの段階はそれなりに能動性を持ち、実践においてはそれぞれ独自の役割を果すことを具体的にとらえなければならない。

人間の意識活動の中で表象の果たす役割は多様でありかつ重要である。表象なくして人間の意識活動はありえない。人間の理論的実践が概念的把握のもとで行われることは誰もが指摘しているが、しかしながら非感性的な抽象的概念はつかみどころがなく思考においても、その他各種の想像的的活動においても感性的な手がかりを持ちながら一般的・非感性的・概念的な性格をも合わせ持った表象がその主役を演じていることを指摘する者は少ない。哲学者が純粋な非感性的な概念のみを概念として認め、表象を概念よりもレベルの低い抽象像であるとして個別概念を概念として認めていないこともその原因の一つであろうが、何よりも現実に即して人間の頭の中で起きている現象を対象との結びつき・対象から概念形成に至る過程においてとらえないところにその主な原因があると私は考える。実際のところ表象が非感性的・概念的な把握を伴っていることさえも認めない者が多いのである。そういう人々は自分の頭の中で起こっていることを対象との結びつきで考えたこともないのであろう。

表象あるいは表象的なものが抽象的・非感性的なものから具体的なものへと下る現実的実践の中間過程で重要な役割を果していることは上の三浦の指摘でも明らかであるが、私の仕事に即していえばその逆の過程つまり現実の対象から上っていって概念的な把握をするに至る理論的実践過程においても具体的・感性的対象と抽象的・非感性的な概念とを媒介する中間的な抽象物として表象の果たす役割は大きい。子どもは概念化能力が未熟であるから抽象的な思考に慣れておらず抽象的な概念を直観的に把握するのに苦労するのであるが、そのときに表象的な性格を持ったシェーマという教具が子どもの教育に果たす役割の重要性を無視することはできない。シェーマはそれを用いることによって子どもの認識活動において表象を喚起しそこから概念をつかみとるための橋渡しをするものであるから、感性的であると同時に抽象的な性格を有するもの・概念の構造が目に見えるものをシェーマとして用いることが要求される。水道方式におけるタイルはそのような両面的な性格を持つシェーマとして量や数を概念的に把握しそれらの持つ構造をつかみ取るために大きな役割を果たしている*。またシェーマにもその抽象度にそれぞれ差があり、それらを段階的に導入することによって子どもの理解段階に応じた適切な指導が可能になる。

* かつての教科書は量や数の導入にオハジキやどんぐりといった具体物を教具として使っていたが、最近では抽象度の高いタイルを使う教科書が主流になっている。概念化能力の未発達な幼児期にオハジキやどんぐりのような抽象度の低いものを使うのは理由のあることであり、小学一年生の教科書で手始めにウサギや猫などの動物の絵を用いるのもそれなりに意味のあることであるが、数概念を身につけるにはやはりタイルが効果的である。小学一年生は類別を難なくやってのける程度の概念化能力をすでに獲得しているし、分類する能力もある程度獲得している。具体的なモノを教具として用いるとその特殊性の側面にとらわれて抽象的な側面をとらえにくい。算数の苦手な子どもは具体物のもつ特殊性の側面にとらわれてしまっていることが多いのであるから、抽象的・概念的な把握がしやすいように適切な教具を工夫する必要もそこから生じてくる。タイルは極めて抽象度の高いものであるが、面積という量的な側面を保存しており、一つずつ分離していながら縦方向にも横方向にも自由に連結できるという特長をもっているがゆえに、数や量の概念をとらえやすいし、連結・分割を通じて数や量が持っている構造を容易に直観することができるのである。

同上 p.52~ 

 (1)を具体化すれば必ず(2)(3)になるかといえば、そうではない。(1)から出発しても、(2)(3)と異った部分品を使って異った配線図をつくることができるし、さらに多くの部分品を加えてヨリ複雑な配線図にすることもできる。さらに(2)(3)で予想した性能が、実際に製作すれば必ずえられるかといえば、そうではない。部分品の質が悪ければ性能が予想とくいちがったものになるし、時にはまったく動作しないことも起りうるのである。それゆえ、これらは異った段階として区別するだけでなく、相対的に独立したもの、一面ではむすびついているが一面ではむすびついていないもの、すなわち一つの矛盾として理解しなければならない。このような認識の立体的な構造の持つそれぞれの面での限界を、正しく扱わなければ誤謬におちいることになる。

 以上は一つの装置の設計をその表現において検討したわけであるが、このような認識の発展は装置の設計だけに見られるものではなく、われわれの生活の設計すべてに共通して見られるものである(2)。たとえば若い男女が「われわれは結婚しよう」と意思を統一して、婚約が成立したときは、(1)の段階に相当する抽象的な生活の設計でしかない。それがやがて、今年の冬ごろ式をあげるか明年の春にするか、誰と誰を招くか、……(2)の段階にまで具体化されていく。さらに服装をどうするか、花嫁は洋装かそれとも和装か、料理は……、……式の時刻はどうきめるかなど、(3)のかたちに表象化することを通じて、はじめて実現するわけである。(2)の段階では意見が一致しても(3)の段階では意見がくいちがうこともしばしばであって、そこに相対的な独立を見ることができる。また契約とか協定とかいわれるものも、仕事についての一種の設計である。……さらに政治も、これまた国民の生活の設計を行うことであって、まず(1)の段階に相当する法律とよばれる抽象的な規定が生れ、これが政策とよばれる(2)から(3)の段階へと具体化していき、実現するのである。これは支配者の側から生活の設計を押しつけるのであり、法律としては国民全体の福祉に貢献するような美辞麗句がならべられていても、現実の政治はそれと似ても似つかぬ結果をもたらしているとすれば、それはちょうど装置の設計として(1)がどんなにすぐれていても、(2)から(3)が不合理な接続になっていたり不適当あるいは不良な部分品を使ったりして、できあがった装置が動作しないようなものである。

(2) 抽象から具体へという認識の過程も認識の一面であるから、これをことばの上で実践にむすびつけたとしても認識の弁証法的性格を明らかにしたことにはならないのである。抽象から具体への過程において実践にむすびつくこの過程の検討が、マルクス主義者の認識論に欠けていることを反省する必要がある。設計論なしの実践論では、動物的行為と人間の実践との区別を具体的に展開することができなくなる。

機器の設計から実際に機器を製造するまで・婚約から結婚式を挙げるまで・法律から政策の実現に至るまでといった三浦の挙げた具体例をみると、抽象的設計の段階から具体的・現実的な実現段階に至る過程において中間的な段階・表象的な段階が重要な役割を果たしていることが分かる。人間の認識においてもそれらの各段階に対応する段階が存在しており、抽象的な理論的実践段階から現実的実践段階に至る過程の中間段階としてやはり表象(表象的実践)が重要な役割を果している。人間の認識は抽象から一気に具体へと進むように見えても実際は表象段階を媒介して進んでいる。逆に具体から抽象へと進む場合にもやはり中間的な表象段階に媒介される形で進む。

そして抽象→表象→具体、あるいは具体→表象→抽象といった下り、上りの実践は一直線に進むとは限らない。抽象→表象→具体の下る過程では表象的実践の影響を受けて抽象が修整されたり、具体的実践の手前で現実的な状況に対応するために表象が修整されたりといったことがしばしば起こる。このように、下る過程では下る向きに浸透が生じるだけでなく上る形で浸透が生じることもある。これは具体→表象→抽象の上る過程でも同じであり、上る一方だけでなく下ることによる浸透も生じるのがふつうなのである。このような相互浸透によって認識も現実もダイナミックに変化せざるをえないのである。

科学の実験においても同様である。仮説という抽象的段階から実験という具体的段階に至る前に科学者は思考実験とか机上実験あるいは仮想実験とかとよばれる表象的な段階を踏む。机上実験によって仮説が修正されたり、現実のさまざまな制約を受けて机上実験の方法を変更したりといったことはやはりしばしば起こることである。このことは科学に限らず何かを作る場合に私たちがしばしば経験することでもある。今晩の献立をどうしようかと考え、何をつくるかを決定し頭の中で手順をおさらいしていざ料理しようと冷蔵庫の中を覗いたら必要な材料がなかったので代わりの材料を使うことにしたりすることも多い。このときには手順が変ってしまうこともあるし、最初の計画を変えなければならなくなることもある。

同上 p.53~ 

 表象は「手口」カードのように具体から抽象への過渡的な段階で、あるいは実体配線図のように抽象から具体への過渡的な段階で、成立し表現し役立てられるとは限らない。認識の対象が表象の形成を要求し、それにとどまる場合もある。藤田まことの例が示すように、顔の長い俳優は、観客が表象において馬と二重写しにして滑稽感を持つところから、喜劇俳優にふさわしい(3)。さらに経済学において商品に値段をつけるという事実を分析してみるならば、これも表象の形式なのである。商品は鉄であろうと小麦であろうと、物体として感性的な存在であり、これと交換される貨幣も金であろうと銀であろうと、物体として感性的な存在である。交換は等しい価値における交換であるから、商品と貨幣は物体としての具体的なありかたにおいて、その特殊性においてむすびつけてろりあげられると同時に、両者にふくまれている価値において、その共通した一般性において等しくなるようにとりあげなければならない。徹夜小麦は現実に存在するが、貨幣としての金は観念的にこれらの商品に対応するものとしてその量を観念的に思いうかべながら、現実の商品の価値と観念的な金の価値とが等しくなるときの金の量を決定して、ここから価格をつけるのである。それゆえ、価格の背後には、物体としての特殊性と価値としての一般性とを統一した認識、すなわち表象が形成されていることになる(4)

 「商品としての商品は交換価値である。それは一の価格を持つ。交換価値と価格とのかかる区別においては、商品にふくまれている特殊的・個人的労働は、外化の過程によってはじめて、その反対者である、個性を失った・抽象的で一般的な・そしてこの形態においてのみ社会的な・労働として、すなわち貨幣として表示されねばならぬ、ということが現われている。ところで、個人的労働がかようにして貨幣として自らを表示しうるか否かは、偶然のことに見える。だから価格においては、商品の交換価値は、ただ観念的にのみ商品と異る実存を受けとるのであり、商品にふくまれている労働の二重の定有は、ただ異った表現様式としてのみ実存するのである。したがってまた他方において、一般的労働時間の物象化である金は、ただ表象された価値尺度としてのみ現実の商品に対応しているのであるけれども、しかし価格としての交換価値の・あるいは価値尺度としての金の・定有のうちには、キラキラ光る金と引換えに商品が外化される必要と商品が譲渡されえない可能性とが、――簡単にいえば生産物が商品であるということから・あるいは、私的個人の特殊的労働が社会的効果を持つためには自らをその正反対者として、抽象的・一般的労働として、表示せねばならぬということから・生ずるすべての矛盾が、潜在的にふくまれている。……

 金が価値尺度となり、交換価値が価格となった過程を前提すれば、すべての商品は、それらの価格においては、種々の大いさの表象された金分量であるにすぎない。それらのものは、金という同一物のかかる種々なる分量として、相互に等しいとされ、比較され、かつ度量されるのであって、そこでそれらのものを度量単位としての一定分量の金に関係させる必要が、技術的に生じてくる。」(マルクス『経済学批判』)

 「諸商品の価格または貨幣形態は、それらの価値形態一般と同じように、それらの感覚的実在的な物体形態から区別された、つまりたな観念的または表象的な形態である。鉄・亜麻布・小麦などの価値は、目に見えないけれども、これらの物それ自体のうちに実存する。それは、それらの物の金との同等性、金に対する一の連関――それはいわば、それらの物の頭の中でのみ幽霊のように現われる――によって、表象される。だから、諸商品の保護者は、それらの諸価格を外界に伝えるためには、彼の舌で諸商品の代弁をするか、諸商品に紙札をぶら下げるか、しなければならない。金によっての諸商品価値の表現は観念的なものであるから、この処置のためには、やはりただ表象的または観念的な金が充用されうる。諸商品の保護者が誰でも知っているように、たとえ彼が自分の諸商品の価値価格の形態または表象的な金形態を与えても、彼はまだそれらを金化したのではなく、また、幾百万という諸商品価値を金で評価するためにも、彼は現実の金の一片も要しない。だから、価値尺度という機能においては、貨幣は、ただ表象的または観念的な貨幣として役立つのである。」(マルクス『資本論』)(強調は原文)

 紙幣の上に印刷されている金額は、金の一定分量表象するところからみちびかれたものであり、紙幣それ自体として価値を持ってはいないが価値章票(Wertzeichen)として流通している。

(3) 表象論が欠けていると、アダ名をつけるという事実の認識論的な説明ができない。

(4) 一部のマルクス主義者は、経済学を物質的な生活関係の理論的な把握であると考え、精神的な生活過程あるいは上部構造からまったく切りはなして展開されているかのように思いこんでいるらしい。これは大きな誤解である。商品は精神的な生活過程あるいは上部構造とのむすびつきなしには、価格を持つことも交換されることもできないのであって、物質的な生活関係を理論的にとりあげて叙述する場合にもそれらに触れずにはすまないことを知るべきである。

物が表象的な形態そこに存在(定在)しているということ(=定有)の意味は、その物を見る人間にある特定のイメージ(表象)を喚起させるものとしてその物がそこに存在しているということである。そしてそのイメージは単に特定のイメージであるばかりでなくそこに一定の一般的なもの・概念的なものを伴っているということも含意している。藤田まことの顔はそれを見る観客に馬という特定の種類の動物をイメージさせるという意味で表象的な存在なのである。あだ名はその人物のあり方がある特定の種類のもののイメージを喚起させるからこそその人物につけられるのである。

生産物は物としては生産者個人が私的特殊的な労働(肉体的・精神的労働)を注いで創り出した――肉体的・精神的労働を外化した――ものである。その意味で生産物はそのもの固有の使用価値(有用性)をもっている。しかし流通過程に入り込んだ商品としての生産物は価格を付けられることによって表象的な存在になるのである。売手は価格の背後にまだ実現されていない貨幣のイメージ(表象)を思い浮べるのであるが、その貨幣の表象の内にはその商品の生産において投入された一般的抽象的労働と等価量の金、交換価値としての金が観念されている。しかしこの貨幣・金の表象はいまだ果たされていない――表象としてしか存在していない――観念的な存在なのである。

同上 p.56 

 表象のありかたとその果している役割は、以上にとどまらないのであるが、このような重要な認識の形態が従来の認識論においては軽視され、あるいは無視されている理由はどこに求められるか? まず第一に、表象それ自体が矛盾した不明瞭な存在だというところにある。感性的認識か理性的認識か、あれかこれかと割り切ってしまう形而上学的な考えかたをすると、表象はいわば中間的な存在であるから、どちらにも入らない中途半端なものは切りすてようということになりかねない。第二は、個々の単純な表象を断片的に扱ったところにある。断片的に他から切りはなしてとりあげるかぎり、感覚にくらべて感性的なものを相当多く失ったその意味で抽象的な認識であるというにとどまってしまう。表象として複雑な発展したありかたを、認識のダイナミックな過程に位置づけてとりあげなければ、その有用性をとらえることができない。第三は、実践との関係で理解しようとしなかったところにある。科学の応用という実践の過程を具体的に検討してみるだけでも、表象の果す役割の重要性はほぼ納得できるのであるが、哲学者もそして心理学者も、認識の発展の中に構造的に実践をふくめてとりあげる姿勢を欠いていたのであった。

 不明瞭な存在を研究することの意義は、すぐれた思想家によってすでに指摘されたところである。エンゲルスはフーリエの著書『産業的社会的新世界』についてのメモで、つぎのことばに注目し抜き書きしている。

 「現代の学者たちが自然の研究においていたるところで失敗しているゆえんのものは、例外もしくは過渡の理論、不明瞭なものに関する理論を無視していることによる(不明瞭なものの概念、木瓜(ぼけ)、油桃(あぶらもも=ネクタリン)、鰻、蝙蝠(こうもり)等々)(5)

(5) このメモは一九二五年のリヤザノフ版『自然弁証法』に収録されていたのであるが、一九四一年M・E・L研究所以降は削除され、『反デューリング論』のための準備労作のほうへほうりこまれている。

(関連記事)

大カテゴリー 〔意識・認識〕

関連記事

   (※カテゴリー 意識・認識>認識論(意識論) に属するものを前後計8件、投稿日時順に表示しています)

意識・認識>認識論(意識論) | Trackback (0) | Comment (0) | 固定リンク | PageTop↑ [編集] #193
コメント
コメントの投稿

この記事のトラックバックURL


 
タグ一覧

登録の多い順

個別概念・普遍概念・特殊概念(41)  三浦つとむ(31)  マルクス(28)  概念の先在(23)  メイリオ(22)  ツイート(21)  MeiryoKe(20)  〔お知らせ〕(19)  鏡・鏡像(17)  『週刊ポスト』(17)  ソシュール(17)  思考言語・内言・連辞関係(16)  弁証法(15)  観念的自己分裂3(15)  ラング・langue・「言語」(15)  上杉隆(13)  FC2ブログ(13)  言語の意味(13)  官房機密費(13)  観念的自己分裂1(12)  時枝誠記(12)  記者クラブ(12)  言語過程説(12)  (『週刊ポスト』官房機密費)(12)  客体的表現・主体的表現(12)  対象認識(11)  MeiryoKe_Gothic(11)  一般言語学講義(11)  システムフォント(11)  語規範・語韻・語概念(11)  野中広務(10)  対他的・対自的(10)  メイリオ系フォント(10)  価値・意味・意義(10)  詞と辞(10)  観念的自己分裂2(10)  米乳酸菌(10)  発酵乳酸菌液(10)  (メイリオ)(9)  (米のとぎ汁で乳酸菌を培養する)(9)  ディーツゲン(9)  (三浦つとむ・認識と言語の理論)(9)  Gothic・PGothc・UIGothic(9)  YouTube(8)  MSゴシック(8)  (江川紹子さんのツイート)(8)  江川紹子(8)  音声・音像・音韻(8)  ソシュール「言語学」とは何か(8)  言語とは何か(8)  (認識と言語の理論I)(8)  ブログ・リニューアル(8)  シーニュ・シニフィアン・シニフィエ(8)  ヘーゲル(7)  対立物の統一(7)  アセンダ・ディセンダ(7)  岩上安身(7)  (認識覚書)(7)  (自己の二重化)(7)  Firefox(7)  (認識と言語の理論I-1)(7)  存在・非存在(7)  フラッシュビデオ(7)  MeiryoKe_Console(7)  言語規範(6)  否定の否定(6)  (現実・弁証法・言語)(6)  メイリオ改(6)  〔雑感〕(6)  自己意識・他者意識(6)  ClearType(6)  システムフォントの変更(6)  (岩上安身さんのツイート)(6)  MSGothic.ttc(6)  政治資金規正法「違反」(6)  陸山会裁判(6)  対立物の相互浸透(5)  松田光世(5)  対象認知・対象認識(5)  板倉聖宣(5)  エンゲルス(5)  [概言先](5)  物自体(5)  調和する矛盾の定立(5)  (三浦つとむ・時枝誠記の言語過程説)(5)  概念の獲得・形成(5)  連合関係・語彙規範・言語規範(5)  遠山啓(5)  ソシュール講義録注解(5)  (対象意識)(5)  (概念)(5)  SFC(5)  示量因子・示強因子(4)  連合関係・連辞関係(4)  米ぬか培養液(4)  VisualStyle(4)  meiryoKeGothic.ttc(4)  (ノートパソコンの発熱・冷却)(4)  正負の数(4)  (物自体)(4)  (客体的表現と主体的表現)(4)  零記号(4)  (三浦つとむ・横目で見る立場から)(4)  科学的方法論(4)  ttfname3(4)  運用概念・規範概念(4)  ヤマカン的人間(4)  (松田光世さんのツイート)(4)  (存在と対象)(4)  仮説実験授業(4)  [ソ言](4)  個別・特殊・普遍(4)  関係意識(4)  主体的立場・観察的立場(4)  発熱対策(4)  語音・語音像・語韻(4)  内包量・外延量(4)  認知主体・認識主体(4)  ノートパソコンの発熱・冷却(4)  CPU温度・HDD温度(4)  ソシュール用語の再規定(4)  真理・誤謬(4)  乳酸菌風呂(4)  村木厚子(3)  郵便不正事件(3)  竹中ナミ(3)  神経系(3)  古田武彦(3)  プロバイオティクス(3)  概念(3)  古代史(3)  (ことばとは何か)(3)  塩田幸雄(3)  温度計算(3)  Styler(3)  ケースファン(3)  価格(3)  フォイエルバッハ(3)  (二つの主観)(3)  判断辞(3)  フォイエルバッハ論(3)  前田恒彦(3)  マイナス×マイナス(3)  MobileMeter(3)  正負の数のかけ算(3)  マイナスかけるマイナス(3)  認知対象・認識対象(3)  パラディグム・シンタグム(3)  豆乳ヨーグルト(3)  (三浦つとむ・意味とは何か)(3)  (意味・意義・価値)(3)  外化(2)  認識における矛盾(2)  疎外(2)  等幅・プロポーショナル(2)  メモリ使用量(2)  ClearType_Tuner(2)  タスクマネージャ(2)  ヨーグルティア(2)  0の概念・マイナスの概念(2)  (GomPlayer)(2)  (Styler1.401)(2)  breakttc・makettc・ttfname3(2)  アドオン(2)  個別的概念・普遍的概念・特殊的概念(2)  Gom_Player(2)  WinAmp(2)  吉田正喜(2)  小沢一郎(2)  主観・客観(2)  言語音・言語音像(2)  動画再生(2)  (割り算から見た量)(2)  類的存在(2)  (一般言語学第三回講義)(2)  表象(2)  官房報償費(2)  拡大培養(2)  花崎政之(2)  木村義雄(2)  プラス×マイナス(2)  (Firefoxのメモリ使用量)(2)  大新聞(2)  (大新聞は国民の敵)(2)  消費税増税(2)  カテゴリー(2)  科学的真理(2)  田原総一朗(2)  とぎ汁培養液(2)  (『週刊ポスト』覆面官僚座談会)(2)  meiryo6.02(2)  左右反転(2)  ソシュール「言語学」(2)  meiryo5.00(2)  語規範・語彙規範・言語規範(2)  使用価値・交換価値(2)  (時枝誠記と三浦つとむ)(2)  [言無思](2)  玄米リジュベラック(2)  菅直人(2)  (温度のたし算)(2)  経哲草稿(2)  Bフレッツ(1)  落合洋司(1)  (落合洋司さんのツイート)(1)  検察審査会(1)  勝手にブログ評論(1)  fontxp(1)  Configuration_Mania(1)  対象認知(1)  過程的構造(1)  民野健治(1)  東電福島原発(1)  拡大培養の「秘法」(1)  発泡乳酸菌液(1)  メイリオ5.00(1)  規範認識(1)  規範意識(1)  栄養液(1)  クイック起動(1)  なでしこ(1)  先天主義(1)  一般概念(1)  古米(1)  米粉培養液(1)  個別概念(1)  ニセ科学批判(1)  エア御用(1)  規範(1)  乳清(1)  皆既月食(1)  (1)  玄米浸潤液(1)  過程的統一(1)  米胚芽(1)  米ぬか(1)  個別概念・語概念(1)  言語・内言・言語規範(1)  語・内語・語規範(1)  フォントブラウザ(1)  冷却ファン(1)  蜂須賀三紀雄(1)  (三浦つとむ・漢字と振り仮名)(1)  田代政弘(1)  音楽(1)  パックインジャーナル110319(1)  愛川欽也(1)  東京電力(1)  電事連(1)  『誰も書けなかった日本のタブー』(1)  ブラウザ(1)  記事インデックス(1)  原発報道(1)  後藤政志(1)  感覚・知覚(1)  (川端幹人さんのツイート)(1)  邪馬壹国・邪馬台国(1)  (認識・思考における概念)(1)  FLV(1)  (日本語の文法)(1)  国井弘樹(1)  動画ダウンローダー(1)  小泉元首相(1)  宇宙ステーション「きぼう」(1)  画像(1)  検察裏金問題(1)  三井環(1)  黒木昭雄(1)  小原勝幸(1)  kaz543210さん(1)  rolling_beanさん(1)  鳥越俊太郎(1)  ザ・スクープ・スペシャル(1)  野口聡一(1)  (野口聡一さんのツイート)(1)  M511A5P(1)  ダウングレード版XP(1)  田中吉六(1)  調和するものと調和せぬものとの結合(1)  敵対的矛盾・非敵対的矛盾(1)  (三浦つとむ・夏目漱石における『アイヴァンホー』)(1)  (三浦つとむ・調和の論理)(1)  メイリオ_UI(1)  MSGothic(1)  飯島勲(1)  林谷浩二(1)  石川起訴・小沢不起訴(1)  城塚登(1)  郷原信郎(1)  東京地検特捜部(1)  (ツイートまとめ)(1)  (上杉隆さんのツイート)(1)  田崎史郎(1)  岩田公雄(1)  西川孝純(1)  星浩(1)  鈴木宗男(1)  粗債務(1)  純債務(1)  政治主導(1)  官僚主権(1)  外務省改革(1)  普天間問題(1)  二重化(1)  渡辺喜美(1)  仙谷由人(1)  財務省(1)  IMF提言(1)  財務省機密費(1)  世論調査(1)  世論誘導(1)  川崎泰資(1)  (John_Lemonさんのツイート)(1)  スパモニ(1)  鳩山由紀夫(1)  民主党代表選(1)  岩見隆夫(1)  mixi(1)  三宅久之(1)  大塚義文(1)  中澤孝之(1)  不用額(1)  特別会計予算(1)  埋蔵金(1)  表現主体(1)  作者の消滅問題(1)  勝手にリンク集(1)  Video_DownloadHelper(1)  事物自体(1)  (古田武彦)(1)  (脱「言語」宣言)(1)  守谷武昌(1)  (幼児の頭の中は星雲のようなものか)(1)  (言語過程説の展開)(1)  タグリスト一覧(1)  MeiryoKeパッチ(1)  (言語過程説の展開H)(1)  予想・夢想(1)  個別科学(1)  物質的交通・精神的交通(1)  物質的生活の生産(1)  (言語表現における概念の二重性と二種類の概念)(1)  (誤読「言語の法典を利用するさいの結合」)(1)  (科学とは何か)(1)  接続詞(1)  (認識)(1)  階層構造(1)  個体概念(1)  観念(1)  イメージスキーマ(1)  (「言語」・「ことば」の語義)(1)  (コマンドプロンプトで使用するフォント)(1)  (認識・意識が言語にとらわれるということの意味)(1)  (言語規範)(1)  (鏡像における左右反転)(1)  (ソシュール言語学には個別概念が存在している?)(1)  (ソシュール講義録注解)(1)  (古田武彦の仮説)(1)  (認識と言語の理論M)(1)  (DownloadHelper)(1)  水道方式(1)  庄司和晃(1)  頭の中の目(1)  meiryoKeConsole.ttf(1)  VGN-BX4AAPS(1)  XPサポート期限(1)  XP販売終了(1)  ことわざの目(1)  科学の目(1)  (Sleipnir2.7)(1)  夏目漱石(1)  Safari(1)  Sleipnir(1)  (ブラインド・タッチ)(1)  FlexScanL997(1)  USBファン(1)  Rapture(1)  AVG_Remover(1)  Google検索の電卓機能(1)  アンインストール(1)  [休止状態]ボタン(1)  BTO(1)  (Google検索の電卓機能と温度計算)(1)  (WindowsXP)(1)  AVG(1)  MS明朝(1)  OEA配列(1)  Quick_Launch(1)  プログラミング言語(1)  主体の客体化(1)  twilog(1)  MS_*ゴシック_Ex+(1)  知覚表象(1)  

登録の新しい順

〔お知らせ〕(19)  乳酸菌風呂(4)  玄米リジュベラック(2)  米乳酸菌(10)  ニセ科学批判(1)  発酵乳酸菌液(10)  エア御用(1)  プロバイオティクス(3)  皆既月食(1)  (米のとぎ汁で乳酸菌を培養する)(9)  とぎ汁培養液(2)  米ぬか培養液(4)  米粉培養液(1)  古米(1)  玄米浸潤液(1)  ヨーグルティア(2)  乳清(1)  豆乳ヨーグルト(3)  発泡乳酸菌液(1)  拡大培養の「秘法」(1)  拡大培養(2)  米ぬか(1)  米胚芽(1)  栄養液(1)  (川端幹人さんのツイート)(1)  原発報道(1)  東京電力(1)  『誰も書けなかった日本のタブー』(1)  電事連(1)  ツイート(21)  YouTube(8)  パックインジャーナル110319(1)  東電福島原発(1)  愛川欽也(1)  後藤政志(1)  江川紹子(8)  陸山会裁判(6)  (江川紹子さんのツイート)(8)  政治資金規正法「違反」(6)  花崎政之(2)  前田恒彦(3)  吉田正喜(2)  蜂須賀三紀雄(1)  田代政弘(1)  民野健治(1)  (落合洋司さんのツイート)(1)  落合洋司(1)  検察審査会(1)  メモリ使用量(2)  Firefox(7)  アドオン(2)  Configuration_Mania(1)  (Firefoxのメモリ使用量)(2)  タスクマネージャ(2)  AVG(1)  アンインストール(1)  AVG_Remover(1)  ダウングレード版XP(1)  M511A5P(1)  FlexScanL997(1)  [休止状態]ボタン(1)  VGN-BX4AAPS(1)  観念的自己分裂1(12)  フォイエルバッハ(3)  外化(2)  疎外(2)  マルクス(28)  類的存在(2)  城塚登(1)  ヘーゲル(7)  田中吉六(1)  経哲草稿(2)  小沢一郎(2)  スパモニ(1)  民主党代表選(1)  (John_Lemonさんのツイート)(1)  mixi(1)  外務省改革(1)  (『週刊ポスト』覆面官僚座談会)(2)  『週刊ポスト』(17)  守谷武昌(1)  普天間問題(1)  (1)  二重化(1)  菅直人(2)  政治主導(1)  渡辺喜美(1)  官僚主権(1)  財務省(1)  仙谷由人(1)  上杉隆(13)  官房機密費(13)  野中広務(10)  (『週刊ポスト』官房機密費)(12)  記者クラブ(12)  西川孝純(1)  星浩(1)  田崎史郎(1)  岩田公雄(1)  鈴木宗男(1)  消費税増税(2)  純債務(1)  粗債務(1)  IMF提言(1)  (大新聞は国民の敵)(2)  大新聞(2)  財務省機密費(1)  大塚義文(1)  三宅久之(1)  中澤孝之(1)  不用額(1)  埋蔵金(1)  特別会計予算(1)  田原総一朗(2)  川崎泰資(1)  岩見隆夫(1)  世論誘導(1)  世論調査(1)  官房報償費(2)  鳩山由紀夫(1)  (上杉隆さんのツイート)(1)  FC2ブログ(13)  (ツイートまとめ)(1)  検察裏金問題(1)  kaz543210さん(1)  小原勝幸(1)  黒木昭雄(1)  rolling_beanさん(1)  三井環(1)  ザ・スクープ・スペシャル(1)  鳥越俊太郎(1)  時枝誠記(12)  連合関係・語彙規範・言語規範(5)  関係意識(4)  言語規範(6)  パラディグム・シンタグム(3)  客体的表現・主体的表現(12)  三浦つとむ(31)  詞と辞(10)  (日本語の文法)(1)  思考言語・内言・連辞関係(16)  twilog(1)  郵便不正事件(3)  村木厚子(3)  塩田幸雄(3)  木村義雄(2)  竹中ナミ(3)  小泉元首相(1)  飯島勲(1)  宇宙ステーション「きぼう」(1)  (野口聡一さんのツイート)(1)  野口聡一(1)  画像(1)  岩上安身(7)  (岩上安身さんのツイート)(6)  (松田光世さんのツイート)(4)  松田光世(5)  林谷浩二(1)  国井弘樹(1)  石川起訴・小沢不起訴(1)  東京地検特捜部(1)  郷原信郎(1)  (メイリオ)(9)  メイリオ系フォント(10)  meiryo6.02(2)  メイリオ改(6)  MeiryoKe(20)  MeiryoKe_Console(7)  MeiryoKe_Gothic(11)  メイリオ(22)  メイリオ_UI(1)  アセンダ・ディセンダ(7)  科学的方法論(4)  (現実・弁証法・言語)(6)  調和する矛盾の定立(5)  (三浦つとむ・横目で見る立場から)(4)  仮説実験授業(4)  ヤマカン的人間(4)  真理・誤謬(4)  板倉聖宣(5)  認識における矛盾(2)  対立物の統一(7)  使用価値・交換価値(2)  価格(3)  調和するものと調和せぬものとの結合(1)  敵対的矛盾・非敵対的矛盾(1)  (三浦つとむ・調和の論理)(1)  夏目漱石(1)  表現主体(1)  主体的立場・観察的立場(4)  作者の消滅問題(1)  観念的自己分裂3(15)  (三浦つとむ・夏目漱石における『アイヴァンホー』)(1)  Sleipnir(1)  ブラウザ(1)  (Sleipnir2.7)(1)  Safari(1)  ケースファン(3)  CPU温度・HDD温度(4)  発熱対策(4)  ノートパソコンの発熱・冷却(4)  (ノートパソコンの発熱・冷却)(4)  MobileMeter(3)  (認識と言語の理論I)(8)  庄司和晃(1)  ことわざの目(1)  頭の中の目(1)  (認識と言語の理論I-1)(7)  科学の目(1)  (三浦つとむ・認識と言語の理論)(9)  個別概念(1)  表象(2)  水道方式(1)  科学的真理(2)  観念的自己分裂2(10)  存在・非存在(7)  予想・夢想(1)  規範(1)  物質的交通・精神的交通(1)  物質的生活の生産(1)  個別科学(1)  弁証法(15)  言語過程説(12)  ブログ・リニューアル(8)  (時枝誠記と三浦つとむ)(2)  主体の客体化(1)  (言語過程説の展開H)(1)  (言語過程説の展開)(1)  (認識と言語の理論M)(1)  言語とは何か(8)  タグリスト一覧(1)  BTO(1)  (WindowsXP)(1)  XPサポート期限(1)  XP販売終了(1)  ディーツゲン(9)  (科学とは何か)(1)  判断辞(3)  接続詞(1)  (認識)(1)  (認識覚書)(7)  鏡・鏡像(17)  個別概念・普遍概念・特殊概念(41)  カテゴリー(2)  概念(3)  階層構造(1)  イメージスキーマ(1)  観念(1)  一般概念(1)  個体概念(1)  対象認識(11)  感覚・知覚(1)  神経系(3)  対象認知(1)  知覚表象(1)  勝手にブログ評論(1)  meiryo5.00(2)  fontxp(1)  メイリオ5.00(1)  MeiryoKeパッチ(1)  ttfname3(4)  SFC(5)  〔雑感〕(6)  システムフォント(11)  システムフォントの変更(6)  MSGothic.ttc(6)  meiryoKeGothic.ttc(4)  Gothic・PGothc・UIGothic(9)  MSゴシック(8)  勝手にリンク集(1)  (客体的表現と主体的表現)(4)  対象認知・対象認識(5)  認知対象・認識対象(3)  零記号(4)  認知主体・認識主体(4)  過程的構造(1)  示量因子・示強因子(4)  (割り算から見た量)(2)  内包量・外延量(4)  対他的・対自的(10)  (存在と対象)(4)  遠山啓(5)  物自体(5)  概念の獲得・形成(5)  語規範・語韻・語概念(11)  概念の先在(23)  [概言先](5)  0の概念・マイナスの概念(2)  フラッシュビデオ(7)  冷却ファン(1)  音楽(1)  正負の数(4)  (GomPlayer)(2)  動画再生(2)  Gom_Player(2)  Styler(3)  (DownloadHelper)(1)  動画ダウンローダー(1)  FLV(1)  Video_DownloadHelper(1)  USBファン(1)  WinAmp(2)  Bフレッツ(1)  運用概念・規範概念(4)  言語の意味(13)  (三浦つとむ・意味とは何か)(3)  個別・特殊・普遍(4)  連合関係・連辞関係(4)  ClearType(6)  (コマンドプロンプトで使用するフォント)(1)  breakttc・makettc・ttfname3(2)  MS_*ゴシック_Ex+(1)  MSGothic(1)  MS明朝(1)  (Styler1.401)(2)  VisualStyle(4)  シーニュ・シニフィアン・シニフィエ(8)  ラング・langue・「言語」(15)  フォントブラウザ(1)  meiryoKeConsole.ttf(1)  左右反転(2)  邪馬壹国・邪馬台国(1)  古田武彦(3)  古代史(3)  ClearType_Tuner(2)  一般言語学講義(11)  ソシュール(17)  ソシュール講義録注解(5)  [ソ言](4)  価値・意味・意義(10)  ソシュール「言語学」とは何か(8)  対立物の相互浸透(5)  否定の否定(6)  (三浦つとむ・時枝誠記の言語過程説)(5)  (三浦つとむ・漢字と振り仮名)(1)  Quick_Launch(1)  クイック起動(1)  Rapture(1)  等幅・プロポーショナル(2)  音声・音像・音韻(8)  ソシュール「言語学」(2)  マイナスかけるマイナス(3)  プラス×マイナス(2)  正負の数のかけ算(3)  マイナス×マイナス(3)  (ことばとは何か)(3)  (ソシュール講義録注解)(1)  規範認識(1)  語音・語音像・語韻(4)  ソシュール用語の再規定(4)  言語・内言・言語規範(1)  語・内語・語規範(1)  個別概念・語概念(1)  (古田武彦の仮説)(1)  (一般言語学第三回講義)(2)  (意味・意義・価値)(3)  過程的統一(1)  言語音・言語音像(2)  個別的概念・普遍的概念・特殊的概念(2)  (概念)(5)  (ソシュール言語学には個別概念が存在している?)(1)  語規範・語彙規範・言語規範(2)  (鏡像における左右反転)(1)  (自己の二重化)(7)  自己意識・他者意識(6)  (認識・意識が言語にとらわれるということの意味)(1)  (言語規範)(1)  規範意識(1)  記事インデックス(1)  (対象意識)(5)  (誤読「言語の法典を利用するさいの結合」)(1)  (脱「言語」宣言)(1)  (温度のたし算)(2)  温度計算(3)  OEA配列(1)  (ブラインド・タッチ)(1)  Google検索の電卓機能(1)  (Google検索の電卓機能と温度計算)(1)  プログラミング言語(1)  なでしこ(1)  (「言語」・「ことば」の語義)(1)  (言語表現における概念の二重性と二種類の概念)(1)  先天主義(1)  エンゲルス(5)  (認識・思考における概念)(1)  (幼児の頭の中は星雲のようなものか)(1)  [言無思](2)  (物自体)(4)  フォイエルバッハ論(3)  事物自体(1)  (二つの主観)(3)  主観・客観(2)  (古田武彦)(1)  

 
よく読まれている記事
言語
 三浦つとむ「意味とは何か、どこに存在するか」(1)~(3)
 言語と内言――言語の意味
 客体的表現と主体的表現(1)~(4)
 意味・意義・価値(1)~(3)
 貨幣の使用価値
 ことばとは何か(1)~(3)
 三浦つとむ「時枝誠記の言語過程説」(1)~(5)
 時枝誠記と三浦つとむ(1)(2)
 三浦つとむ「漢字と振り仮名」
 言語規範――規範と規範意識
 ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)
 ソシュール用語の再規定(1)~(4)
 ソシュールの「言語」(1)~(4)
 “langue” と “langage”
意識・認識
 言語表現における概念の二重性と二種類の概念
 自己の二重化(1)~(7)
 認識についての覚書(1)~(7)
 二つの主観(1)~(3)
 対象意識(1)~(5)
 三浦つとむ『認識と言語の理論』 まえがき
 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)~(7)
 「言語」なしの思考(1)(2)
 概念は「言語」に先立つ(1)~(5)
 概念(1)~(5)
弁証法
 存在と対象(1)~(4)
 物自体(1)~(4)
教育・知識
 科学とは何か
 0の概念・マイナスの概念(1)(2)
 マイナス×マイナスはなぜプラスになるのか(1)~(3)
 割り算から見た量(1)(2)
 温度はたし算・引き算できないか(1)(2)
 鏡像における左右反転という現象について
 南半球における月の満ち欠け
 米のとぎ汁で乳酸菌を培養する(1)~(9)
実用・遊び
 WindowsXP のシステム・フォントを変更する(1)~(6)
 メイリオ(1)~(9)
 ブログ内記事で取りあげたソフト・ファイルのDL情報
 Styler 1.401(1)(2)
 ClearType Tuner(1)(2)
 WinAmp の旧バージョン
 ノートパソコンの発熱・冷却(1)~(4)
 DownloadHelper(1)――動画(FLV)ダウンローダー
 コマンドプロンプトで使用するフォント
 Gom Player(1)(2)
 ブラインド・タッチと OEA配列
 Google検索の電卓機能と温度計算
社会
 岩上安身さんのツイート(1)~(6)
 『週刊ポスト』官房機密費告発(1)~(12)
 川端幹人さんのツイート――原発報道のタブー
 
最近30記事のタイトル
 
記事内の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュール「言語学」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

Powered by  Powered By FC2ブログ ブログパーツ ブログパーツ

『ことば・その周辺』(シカゴのブログ)| 管理ページ | 記事管理 | 再構築 | 全記事バックアップ | PageTop