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2010年07月08日(木)| 社会>政治・経済 |  
『週刊ポスト』官房機密費告発(2)――官邸に「上納」される記者メモ

『週刊ポスト』2010年6月4日号 p.34 

[怒りの告発キャンペーン 第2弾]

 “民意”はこうして捏造される

「世論誘導」と「人民裁判」の国ニッポン

 本紙スクープに反響轟々!

「官房機密費実名リスト」に血相を変えたテレビ局大幹部と元官邸秘書官

「この問題は君が損するだけだ。メディア全体が悪なんだから」(元秘書官)

 上杉隆氏による、本誌スクープの反響が鳴り止まない。野中広務氏いわく「官房機密費を政治評論家に配った」。そして、カネは大新聞やテレビの記者にも流れていた――。官房機密費の配布先リストに掲載された政治評論家を直撃した前号に続き、機密費汚染の源泉ともいえる「記者クラブ」のタブーに迫る。

上杉隆(ジャーナリスト)と本誌取材班 

「リストを見せてくれ」

 本誌前号が発売された5月17日の朝、私の携帯電話が鳴った。発信元は、テレビ局の大幹部だった。何事かと身構えて電話に出ると、用件は意外なことだった。

「リストを見せてくれ」

 挨拶もそこそこに、彼は私に懇願してきた。

「ウチの局で使っている評論家やコメンテーターが該当しているかどうかチェックしなければならない。協力してもらえないか」

 そういい、私が持っている官房機密費の配布先リストを求めてきたのだ。

 実は私の手元には、前号で紹介した3枚のメモ以外にも、機密費の配布先リストを記した多くのメモがある。そして、現在も鋭意、取材中だ。

 ただし、前号で述べたように、メモに名前が掲載されていたとしても、即座にその人物が受け取っていたという証拠にはならない。慎重な精査を経て、反論権も担保した上で公開するべきものだ。

 私は当然、見せることを拒んだが、彼はなおも食い下がった。

「何人か名前を挙げるから、該当するかしないかだけいってくれないか」

 ハイ、イイエで答えるだけでいいという。私は渋々応じた。彼が、テレビによく登場する著明な言論人の名前を挙げる。私はそのたびに、「ハイ」「ハイ」「ハイ」「ハイ」と肯(うなず)いた。彼のうなだれた様子が、電話越しにも伝わってきた。ちなみに、似た内容の電話は、他局の幹部からもかかってきている。

 受け取る側が大慌てなら、渡した側も大騒ぎだ。元官邸秘書官もまた、発売当日に電話を寄越してきた。

「この問題は本当に厳しいぞ。そもそもメディアの連中が(機密費を)もらっているんだから、追及しても、君が損するだけだよ。どうやったって無理なんだよ、メディア全体が悪なんだから」

 私に怯えるテレビ局幹部と、私を心配する元官邸秘書官の言葉は、実は表裏一体にある。ともに、記者クラブメディアと、官房機密費の深い関係を知った上での発言だからだ。

 ある若手の全国紙記者は最近、私に「官房機密費はアンタッチャブル」といい切った。紙面化するどころか、社内で口に出すのもはばかられるほどだという。

 なぜか。新聞・テレビこそ、機密費という魔物に搦(から)め捕(と)られた張本人だからだ。

 官邸に売られた記者メモ

 懇談記者メモというものがある。官邸などで開かれる表向きの会見とは別に、内閣関係者らが夜回りの記者たちに、主にオフレコを条件に語った内容を記したメモのことだ。

 現場の記者たちは、オフレコといいつつ、実際にはICレコーダーに録(と)り、書き起こしてメモにする。「これはオフなんで絶対に表に出さないでください」と注意して上司のキャップに「メモ上げ」する。キャップは「わかった」といいながら、同様にデスクに上げる。デスクは政治部長に上げ、政治部長は編集局長に上げる。

 建て前上はオフレコだが、こうしたメモを元に政局記事は書かれている。

 さらに、国民にはわからないところで、このメモはもうひとつ別の使われ方をしている。

 メディアの幹部たちは、野党も含む各現場から上がってきた膨大なメモを、官邸に「上納」するのだ。最近ではメモもデータになっているから、転送も簡単だ。

 自民党政権時代の官邸関係者が証言する。

「官邸は、機密費で各新聞社の幹部からメモを買っていました。新聞社からのメモを集約するのは、毎日の日課です。カネを支払うペースははっきり決まっていませんが、1か月に1回くらいでしょうか。食事をしながら、情報の対価として機密費から100万円程度を渡していました」

 かわいそうなのは現場の記者たちだ。官房長官も副長官も、記者がこっそり作った(と思っている)メモをそのまま見ている。「オフ懇」(オフレコの懇談会)といいながら、実際には録音されることを見越して、観測気球を上げたりもするのである。

 また、これらのメモは官邸にとって与党の各派閥や他党の動向を知るうえで格好の材料となる。たとえば、与党内の反主流派が語る「政権批判」の言葉が一言の漏れもなく記されている。たとえば、官邸内でしか知り得ない情報を野党の幹部が自慢げに語る様子がつぶさに綴(つづ)られている。

 官邸側はこうした情報を把握しておくことで、反主流派の動きに機先を制すことができる。また、複数の人物のメモを見ることで、重要情報が漏れたルートをあぶり出すこともできるのだ。

 さらに、メモを見れば、どのメディアがどういった取材を進めているかも手にとるようにわかる。記者は結果的に、官邸の情報収集係を務めているわけだ。

システム」という仕組み

 この恐ろしくよくできた仕組みは、誰よりも徹底して情報収集を行なった官房長官の名字を冠して「システム」と呼ばれている。ちなみに、かつては「システム」と呼ばれていた。

 メディアの幹部たちと機密費の関係はそれだけではない。

 各記者クラブメディアからひとりずつ、総勢10人ほどが参加する、編集委員懇談会が、不定期で開かれている。官房長官を囲んだ、各社幹部を集めたクローズの食事会だ。この帰り、官房長官の地元の銘菓などが、お土産で各社に手渡される。中には、お車代が入っている。これもかつてはひとり100万円が相場だったと、ある秘書官は証言する。

 新聞・テレビは、上層部ほど、機密費の毒に冒(おか)されているのである。

 しかも、この毒に冒された者たちは同調者を求めていく。機密費を受け取った人間が、ある日、社内の後輩記者と食事しながら、囁く。「大変だろうから、お小遣いとっといて」。上司のポケットマネーかと思って受け取ると、後輩記者もその日から「毒まんじゅう」を食らった仲間入りだ。あるいは、上司が新任の部下や見込みのある若手記者を官房長官らに引き合わせる。それぞれのお土産には、またもや菓子とともに現金が入っている。上司が「大丈夫だから」と率先してもらうことで、部下たちも受け取らざるを得なくなる。

 そして、いつしか「メモ上納」の風習などが、下の代にも引き継がれていく。さながら中学校で不良の先輩が後輩にタバコを教えるようにして、メディア全体に「共犯関係」が形成されていくのだ。

 その点では、官邸側も余念がない。若手の記者時代から、まずは食事をおごり、ゴルフに連れていき、野球の観戦チケットをあげるといった簡単なところから始め、何かの機会に1万円でも現金を受け取るように仕向け(この場合の名目は、お車代でも情報提供でも何でもいい)、あとは順々とステップを踏んでいく。

 前号でも述べたように、官邸側は転勤や結婚、出産、新築などさまざまな折に5万円や10万円といった現金を渡す。総理外遊の際には、随行した官房副長官などから番記者へお土産代として現金を配る。なかには断わる記者もいるが、社によってはこの悪習に染まらなければ、上司に疎(うと)まれて出世できないとまでいわれていた。

 これだけでは終わらない。主に自民党の経世会周辺で、「就職陳情」と呼ばれるものがあった。後援会の支援者らから、息子・娘を何とか就職させてくれと頼まれた政治家たちが、新聞・テレビへの就職の口利(き)きをしていたのだ。私は秘書時代にそうした事例をいくらでも見聞きしてきた。就職したその子供たちが、スタートからして「色が消えたスパイ」さながらに行動することはいうまでもない。

 機密費を介した「共犯関係」は、自民党政権を通じて強固に構築されてきた。秘書官が私に告げた、「メディア全体が悪」とは、この巨大な構造そのものを指す。元参院議員の平野貞夫氏が、「私は新聞記者を堕落させる仕事をしていた」と語った理由もおわかりだろう(朝日ニュースター「ニュースの深層」5月18日放送)

 官房機密費問題を新聞・テレビが報じられないのはもはや当然だが、気になるのは官邸側だ。平野博文官房長官は機密費の使途公開について、政権発足後、今に至るまで動き始める気配は全くない。私はかねてより、機密費の公開については、一定期間後に、安全保障にかかわる範囲を保全した上での公開の枠組み作りが必要だと主張してきた。

 私は5月17日、小沢一郎民主党幹事長の定例会見の席で、野中広務氏の機密費発言についての見解と、機密費の是非について質問した。小沢幹事長は、「私は官房機密費を使う立場には今まで、立っておりません。従いまして、今のご質問については、まったく答えるだけの知識はありません」とした上で、「機密費という言葉がいかにも、怪しげに聞えますけれども、私としてはそういった必要経費は内緒で予算を流用したりなんだりするんじゃなくて、おおっぴらに各省庁ともですね。官邸だけじゃなくて、きちんと計上するという形にした方がいいじゃないかと個人的には思っています」と述べた。

 以前から使途公開の枠組み作りを主張してきた鳩山由紀夫首相、岡田克也外相に続いて、党側のトップまでが、使途公開を政府へ要望したのだ。普段なら「小沢の政府介入」と騒ぐ新聞・テレビは、なぜこの発言について報じないのか。

 考えてみれば、鳩山、岡田、小沢各氏は、記者クラブにしか参加が許されなかった記者会見を「オープン化」してきた。一方の平野官房長官は、徹底して記者会見オープン化に抵抗し、いまだに自らの会見も記者クラブ以外には開放していない。機密費問題への対応と奇妙な一致を示してはいないか。もしこの問題でも平野官房長官が記者クラブメディアに取り込まれているとすれば、「共犯関係」はいまも続いていることになる。この問題を私はひき続き追及していく。

『週刊ポスト』2010年6月4日号 p.38 

 大新聞・テレビに再び問う

「支持率調査」がジャーナリズムか!?

連日報じられる鳩山由紀夫・首相や小沢一郎・民主党幹事長らの会見における大メディアの“常套(じょうとう)質問”は、「世論は支持していないが、あなたはどう受け止めるのか」である。「皆がいっている」ことが彼らにとっての、ほとんど唯一の正義の拠り所であり、その前では政策も法律も無視して構わないといっているも同然なのだ。この「世論」の製造過程には大メディアの狡猾な作為が組み込まれている――。

 報道機関としての“自殺”

 大新聞とテレビの「世論調査報道」の氾濫はとどまることを知らない。

 朝日新聞は、普天間基地の移設問題で、〈県内移設となったら「約束違反だ」との意見は61%〉(5月17日付朝刊)と1面トップで報じ、読売新聞も、〈普天間問題を5月末までに解決できなければ鳩山首相は退陣すべきが51%〉(5月10日付朝刊)と、“たら、れば”の調査で首相のクビ取り合戦を演じている。

 テレビのリポーターは沖縄の小学生にまで、「鳩山さんは好きか」とマイクを向けて「キライ」との返事を得ると、喜び勇んで「首相は老若男女から嫌われている」と結論づける。

 前原誠司・国交相が高速道路料金の見直しを断念したときにも、あるテレビ局は「街頭インタビュー」という形で、“世論”を演出した。ワイドショーで取り上げられた巷(ちまた)の声は、

「民主党はバラバラだ」

「首相に指導力がない」

 というものばかり。

「実質値上げ」が断念されたにもかかわらず、世の人びとの多くは、それを歓迎していないのだという。これが本当の「民意」なのだろうか。

 その道の専門家ではない市民の感想から、報道する側が都合のいいものだけを選び、「これが世論だ」と断じる。それはメディアに政権を批判するだけの材料を集める能力がないから、一般市民の口を借りて批判させているという異様な報道である。

 この半年間で朝日は12回、讀賣は14回、毎日は9回もの世論調査を行なっており、日経、産経を加えた主要5紙に通信社、NHK、民放キー局など大手メディアを合わせると、国民は3日に一度ほどの頻度で世論調査を目にする計算になる。

 何故これほど世論調査報道が増えたのか。大手メディアの元世論調査室長が「報じる側」の事情を語る。

「昔の政治報道は、自民党の派閥有力者の駆け引きで政治の流れが決まったから、政治部記者は有力議員に取り入れば先行きが掴(つか)めた。ところが、今の記者は情報源すら掴めず、取材しても政治の動きが読めない。たとえば鳩山政権が早晩行き詰まるだろうと思っても、読者に根拠が示せないわけで、だから“支持率がこんなに下がっているからダメだ”と世論調査にその根拠を求めるようになった。

 世論調査は有効回答が1000人以上になるような調査を面接方式で実施すれば1回ざっと2000万円、電話調査でも1回300万円ほどかかる。それだけのコストをかけるのだから、1面トップ記事になるような結果でないと割に合わない。政治関係の調査は、最初から政治部が“鳩山退陣すべきか”とか、“小沢辞任すべきか”とか、見出しが立ちそうな質問内容を指定してくるわけです」

 確かに、新聞にとってはこれほどお手軽でおいしい報道はない。

 記者たちは調査結果が出るたびに大臣会見などで支持率低下をどう思うかと質問すればいい。それを受け、「政治とカネにまつわる問題を通じての失望感が大きい」(仙谷由人・国家戦略相)(小沢一郎・幹事長は)しかるべき時期に、しかるべき判断をされると確信している」(枝野幸男・行政刷新相)――などと大臣たちが責任をなすりつけあうと、その反応がまた“ネタ”になる。かくして、1回の調査結果が、何度も増幅されて報じられていく。

 日本新聞協会研究所所長などを歴任したジャーナリズム研究の第一人者、桂敬一・立正大学元教授(現在は講師)はそうした世論調査依存を「報道機関としての自殺行為」だと指摘する。

「新聞報道の意義は、綿密な取材によって政治や歴史の転換点を見極めるようなニュースを報じること。それなのに、現在ではどの新聞も、“内閣支持率20%割れなら首相は退陣すべき”という論調ばかり。自らが世論調査で集めた意見をあたかも民意であり“正義”であると報じている。世論調査で大勢に迎合する報道のあり方は民主主義にも反する姿勢です」

「質問順」で代わる民意

 世論調査そのものが悪でないにしても、それが正確かつ公平に行なわれなければならないのは大前提だ。しかし、大新聞の世論調査を分析すると、結論を誘導するような恣意的な手法が多い。

 読売新聞と朝日新聞の今年2月の支持率調査(電話全国世論調査)を比較した。

 朝日の場合、「鳩山内閣を支持するか」、「支持する政党」の次に、すぐ「夏の参院選の比例区でどの政党に投票したいか」を質問している。この順番では、民主党の支持率と、参院選で「民主党」に投票するとした回答は同じ32%だった。

 読売新聞は、質問の順番が違う。内閣支持率と支持政党を尋ねた後に、わざわざ小沢氏の政治資金事件の説明と、

〈責任を取って、小沢氏は幹事長を辞任すべきだと思いますか〉

〈鳩山首相は、偽装献金など自らの「政治とカネ」の問題について、国民に説明していますか〉

 など一連の政治資金スキャンダルについての質問を挟(はさ)んだうえで、最後に「参院選での投票先」を質問した。

 それがどんな効果をもたらしたか。民主党の政党支持率は33%だったが、政治とカネの問題を質問されるうちに“投票”をためらうケースが増えたのか、参院選での投票先を「民主党」と回答したのは27%で、政党支持率を6ポイントも下回った。質問の順番を入れ替えるだけで、結果は操作できることを物語っている。

 読売新聞はこの時の調査結果を、「参院比例選投票先 民・自が接近」(2月7日付)との見出しで大きく報じた。まさにマッチポンプといえる。

 質問内容による「世論誘導」という点では朝日にも疑わしい点がある。

 先の調査で、朝日は小沢氏が政治資金問題で不起訴になったことについて、こう質問を並べた。

〈今回の問題の責任をとって、小沢さんは民主党の幹事長を辞任すべきだと思いますか〉

〈あなたが今年夏の参議院選挙で投票先を決めるとき、小沢さんの政治資金問題を重視したいと思いますか〉

 前出の元世論調査室長はこう疑問を呈する。

「世論調査の設問は回答者に予断を与えないようにするのが原則。与党幹事長の政治とカネの問題は重要な質問事項ではあるが、小沢氏の辞任問題を尋ねる場合、まず簡潔に、『幹事長を辞任すべきか』と質問し、その後、『辞任すべき』と回答した人に、その理由を選択させるやり方をとるべき。質問の中に『責任をとって』とあれば、何の知識もない人は、最初から“責任を問われるようなことがあるんだな”と考えるおそれがある。

 また、有権者が参院選の投票先を判断するには様々な要素があるはず。大きな政策課題などから選択させるならわかるが、小沢氏の問題だけを重視するかと聞くのも不自然です」

 現在各紙の調査で、「小沢氏は辞任すべき」との声がいずれも70%を超えている背景には、こういう調査手法のカラクリがある。

「小泉劇場」の悪夢再び

 そもそも、世論調査の前提が、「誤報」あるいは「捏造」によるものであれば、さらに重大な問題となる。

 新聞各紙はこの間、普天間移設問題で、「政府案骨格決定 くい打ち方式、徳之島移転など」(毎日新聞)と、辺野古に桟橋方式の滑走路を建設する案と徳之島への一部移転の構想がいかにも「政府案」であるかのように報じてきた。しかし、鳩山内閣はこれまで普天間移設に関する政府案を公表したことはなく、桟橋案や徳之島案などは政府内にある複数の検討案の一つにすぎない。

 本誌は前号、前々号で、鳩山首相が、それまで全く報道されていなかった「九州地区ローテーション案」という腹案を持っていることを報じたが、それを掴めなかった新聞が桟橋案をいかにも決定された政府案であるかのように報じたのは明らかに誤りだ。

 ところが、その誤った“政府案”をもとに世論調査が行なわれ、

〈政府案を「評価する」人は30%にとどまり、「評価しない」は49%〉(読売新聞)

 という結果を出す。

 あれほど各紙が「政府案」と報じた桟橋案は、政府の基本政策閣僚委員会で正式に決定されたことはなく、当の読売新聞は、5月19日付朝刊で〈辺野古桟橋案を断念、迷走の末埋め立て回帰〉と“スクープ”した。しかし、それまでの自らの報道を誤報だったとは一言も認めない。

 前述の桂氏が語る。

「本来、世論調査は、日米安保はどうあるべきか、普天間基地をどこに移設し、沖縄県民の負担を国民がどのように分担するべきと考えているかを聞くべきでしょう。そういった質問はなく、各紙横並びで鳩山退陣を煽(あお)り、国民総ヒステリーの状態に追い込んでいる。これではジャーナリズムとは言い難い」

 国民には苦い経験がある。05年の郵政民営化をめぐる「小泉劇場」の際、各紙は、世論調査を連発して「民営化こそが改革」と民意を煽り、国民は民営化を支持して小泉政権を総選挙で圧勝させた。しかし、その小泉政治は、いまや年金や派遣法などで格差を広げた張本人と、当の大メディアから批判される対象だ。

 昨年11月に朝日新聞が行なった世論調査では、郵政民営化見直し「賛成」が49%で、「反対」の33%を大きく上回った。世論誘導ジャーナリズムがいかに危険かを、図らずも世論調査結果が自ら証明している。

 日本社会に残されたダメージはそれだけではなかった。「世論誘導」の味を覚えて報道機関としての使命を見失った大メディアは、小泉以降の安倍、福田、麻生の3代の首相を世論調査報道攻勢で支持率急落に追い込み、いずれも1年で政権を去った。その牙が、今度は政権交代で民主党政権に襲いかかっている。

 消費税増税も「世論形成」から

 では、今回また大メディアの世論誘導を無批判に受け入れると、国民はどんな“痛い目”に遭(あ)うのか。

 その一つが霞が関の「消費税増税」の企みだ。

 さる5月16日、民主党本部に閣僚たちが続々と集結した。夏の参院選に向けた政策をまとめる政府・民主党の「マニフェスト企画委員会」の会議だった。

 会議の最大の焦点は消費税の引き上げ問題にある。

 政府は6月に「財政運営戦略」を策定することになっており、「消費税アップ」を悲願とする財務官僚は、なんとしても民主党のマニフェストに消費税のレールを敷いておきたい。閣内では、菅直人・副総理兼財務相が「増税すれば景気がよくなる」と言い出し、仙谷国家戦略相も「マニフェストに消費税増税を盛り込むべきだ」と主張、前原国交相も「無駄を削った前提で、消費税を上げるべきだと思う」と語るなど、消費税引き上げ論に取り込まれている大臣が多い。

 それに頑として反対してきたのが、鳩山首相と小沢幹事長だ。鳩山首相は「4年間は消費税は上げない。議論もしない」と言明し、小沢氏も政府内から消費税引き上げ論が出ていることについて、記者会見(5月17日)で「聞いていない」と一言の下に否定した。

 ところが、鳩山首相は普天間問題と支持率急落で頭がいっぱいで、小沢氏も検察の捜査再開と政治倫理審査会出席問題で身動きが取れない。それを好機と見た霞が関は大手メディアと連動して“増税キャンペーン”を展開し始めた。

 読売新聞は5月7日付朝刊1面で、「経済再生へ政策転換を」という緊急提言を掲載、法人税の大幅引き下げに加えて、〈安心社会の実現には、消費税を目的税化して税率を引き上げ、社会保障の充実に充(あ)てるべきだ〉――とぶちあげた。

 そうした流れに「他人の口」を通じた世論誘導も加わっている。

 NHKでは石弘光・元政府税制調査会長がニュース解説番組『視点・論点』(4月1日)に登場し、

「今日、多くの世論調査でほぼ半数の回答が、将来、社会保障の財源に消費税を引き上げるのはやむを得ないとしています」

 と説明。同じNHKの『ニュースウォッチ9』(5月14日)でも、

「民主党執行部からは消費税引き上げ論を牽制する声が上がっています。その視線の先に夏の参議院選挙があることは明らかです。しかし、国民の意識との間にずれはないのでしょうか。各種世論調査によりますと、借金財政への危機感から、適正な負担なら受け入れるという人は確実に増えています」

 ――と報じた。

 世論調査では読売が昨年11月に〈消費税上げ「容認」が61%〉と増税容認派が過半数を超えたと報じており、日経新聞は、〈「4年間は消費税の増税はしない」とする鳩山由紀夫首相の方針について46%が「反対」と答え、43%の「賛成」を上回った〉(3月29日)、最新の調査は毎日で、消費税引き上げに、「賛成48%、反対47%と拮抗した」(5月19日)と、増税やむなしという世論形成が着実に進んでいる。ここでも大手メディアは官僚の意向を受けて、その走狗(そうく)と見紛(みまご)う動きをしている。

 では、民主党が本当に増税をマニフェストに掲(かか)げたら、メディアは「よくやった」「次も民主に政権を」と書くのだろうか。そうではあるまい。

 埼玉大学社会調査研究センター長の松本正生・教授が警鐘を鳴らす。

「忘れてはならないのは、民意の動向を探る世論調査は国民投票のシミュレーションにすぎないということ。世論調査の結果が政治の行方や選挙を左右したら、議会や選挙の意義が危うくなってしまう」

 国民が選挙で選んだ政治家たちが、官僚やメディアにとって都合の悪い者から次々と世論調査で消されていく――。独裁国家が「民意」の名の下に反対派を処刑していった人民裁判と同根の脅威がそこにはある。

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言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

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プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年生れ(68歳♂)。国語と理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

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意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

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