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2010年07月20日(火)| 社会>政治・経済 |  
『週刊ポスト』官房機密費告発(7)――田原総一朗氏にも「カネを渡した」

『週刊ポスト』2010年7月16日号 p.50 

〈怒りの告発キャンペーン 第7弾〉

 今度は「現ナマ配布役」の元官房長官秘書が爆弾発言

「超大物政治評論家が送りつけてきた120万円請求書」

 官房機密費マスコミ汚染問題で情報提供者・新証言が続々殺到中!

 他人への責任追及にはひときわ熱心な新聞・テレビ。自らの機密費汚染についてはこのまま逃げ切りを図るつもりだろうが、そうはさせない。さらなる爆弾発言で迫る!

上杉隆(ジャーナリスト)と本誌取材班 

 大相撲の野球賭博疑惑が、連日、メディアをにぎわせている。だが、そもそも新聞・テレビにこの問題を追及する資格があるのか。なにしろ彼らは、自分たちに向けられた「疑惑」にはいまだに沈黙を決め込んでいる。

 政権側が、自らに都合のよい“報道”をしてもらうために、国民の税金を原資とする機密費をメディア側に渡し、多くの記者や評論家たちがそれを当然のように受け取ってきた。これは、立派な「収賄(しゅうわい)」である。ことの重大性は野球賭博の比ではない。

 ところが、私と取材班が行なったアンケートに対し、この問題について内部調査を「やる」と回答した記者クラブメディアは皆無だった。これなら、まがりなりにも調査を行なった相撲協会の方がよほどまともではないか。

 そして、機密費を受け取っていた疑惑のある政治評論家らは、いまだ素知らぬ顔で新聞・テレビに出演し、政治の不正を糾(ただ)している。

 かつて官房長官の秘書を務めていた人物は、この茶番を「ちゃんちゃらおかしい」と嗤(わら)った。機密費の配布先リストに沿って、政治評論家たちに機密費を配っていた当事者であるこの人物が、初めて取材に応じた。以下がその証言だ。

「ご苦労さん」と受け取る

 機密費には、ご存じのように時の政権が代々引き継ぐ名簿があって、金額のランクは決まっているが、そのときの総理や官房長官との関係で多少、名簿や金額は変えていた。当時、最高のAクラスは藤原弘達氏と細川隆一郎氏で(ともに故人)、300万円だったね。カネは年に2回、私ともう一人の秘書で手分けして配っていた。

 細川さんのところに配るときは、必ずアポを取ってから彼が事務所に使っていた立派なマンションに行っていた。すると彼は必ず「今日は何かね」っていうんだよ。知ってるくせに(笑い)。それで、「官房長官の使いで参りました」というと、「ご苦労さん」といって受け取る。

 あるとき細川さんが電話で、「大事な話があるから、官房長官と会う日程を至急作ってくれんかな」といってきた。「合わせたい人間がいるんだ、場所は僕の方で決める」と。赤坂にある高級料亭を指定され、日程まで決まった。すると途端にトーンが変わってきて、「いや~、長官は忙しいからな、ちょっと顔出してもらうだけでいいんだよ」という。

 会合の翌日、オヤジ(官房長官)に「何の話だったんですか」と聞いたら、「いや、わからんな。誰か向こうの知り合いらしき人がもう一人いたけど、おれはすぐ帰ったから、後は二人で適当にやってたんじゃないか」という。

 おかしいなと思ってたら、後日、料亭から120万~130万円の請求書が回ってきた。ようはそれまでのツケを上乗せして回してるんだよ。後日料亭の女将に質したら、芸者をいっぱい上げて、小唄の会を延々やってるんだっていってた。

 元秘書はまた、田原総一朗氏にも、「カネを渡した」と断言する。

 お目にかかりたいといって連絡すると、都ホテル東京を指定され、そのロビーで会った。これは長官からですと封筒を渡すと、いつも「いいの、これ? いいのかなぁ」ってちょっと躊躇(ちゅうちょ)しながら、でも必ず受け取ってた。僕だけで4回は渡している。その頃、彼は100万円だったけどね。でも

 総理や官房長官が政治評論家たちと会食するときは、必ず30万~50万円分ぐらいの「背広のお仕立て券」や商品券をお土産の中に一緒に入れる。新聞記者だと政治部長クラスで10万~20万円だった。いつだったか、記者たちを集めた懇談会を2回に分けてやるということで、高島屋の20万円の商品券を20セット用意したことがあった。ところが政局家なんかで会がお流れになっちゃって、そのまますっかり忘れちゃってた。10年くらいたってから事務所からその封筒が出てきて「これ何だ?」って、そのときは思い出せなかった。それだけ頻繁(ひんぱん)だったってことだよ。

 この秘書の証言に対し、細川氏の遺族は「すでに他界しているのでわからない」とした上で、「以前受け取ったと本人がマスコミの取材に答えているはず。それ以上は家族でも知らない」という。藤原氏の遺族には話が聞けなかった。田原総一朗氏は「そのようなことは一度もない。すでに話したように政治家からカネを渡され返したことはあったが、官房長官の秘書にはあったこともない」と回答した。

 機密費と派閥のカネは違う

 こうした渡した側の証言に対し、メディア側はどう応(こた)えていくのか。

 前回のNHK政治部もと官邸キャップ、川崎泰資氏の告白に続き、産経新聞の元政治部長、花岡信昭氏が取材に応じた。花岡氏は戦後生まれとして初の政治部長になり、以降、論説副委員長、客員編集委員などを歴任。現在は拓殖大学大学院教授を務めている。記者クラブメディアの解説委員や編集委員が軒並み沈黙を貫くなか(前号のアンケート参照)、次のように答えた。

 野中さんは、本当は墓場まで持っていくべき話を、よくいうよなって思った。

 僕たちは権力側とやり合いながら新聞を中心とした政治ジャーナリズムを作ってきたつもりだが、この問題でそれ全体がやましいもののように見られているとしたら口惜(くや)しい。僕自身の体験として、実際に渡しているところを見たり、自分がもらったりっていうことは一切ない。僕は政治ジャーナリズムの世界にどっぷりつかっていたわけだが、(政権側が記者に)メシを食わすということはあったにせよ、現金を渡すことが常態化したり、全体に蔓延していたとは思えない。

 ただし、派閥からの歳暮中元の類はあった。大平(正芳)さんからは讃岐うどん、中曽根(康弘)さんからは下仁田ネギ。河本敏男さんからはお仕立て券付きのワイシャツ。たぶん3万~5万円分ぐらいのお仕立て券で、それをデパートに行くと商品券に換えてもらえる仕組みになっていた。

 あと、僕の経験としては、某大臣の訪米に同行したときに、秘書官から「みなさんで使って」といって、幹事の新聞社が日本円で50万円相当を受け取ったことがある。僕はとにかく返せっていったんだけど、秘書官は「1回渡したものは受け取れない」っていうし、最後に記者みんなでロサンゼルスで豪華なものを食って、カラオケでどんちゃか歌いまくって全部使ってきた。

 花岡氏は派閥のカネだから、税金から支払われる機密費とは性質が異なるというが、私の取材では当時、機密費の多くが派閥に流れていたことを確認している。そもそも、金品の授受は政治家とジャーナリストの距離感が問われる問題といえるのではないか。

 担当記者が異動になるときに、派閥から餞別をもらうということもあった。20万円もらったのが政治資金収支報告書に出ちゃって、辞めさせられた記者もいる。

 もうひとつ、何らかの対価として受け取ることはあった。例(たと)えば、秘書にパーティの案内文を書いてくれないかと頼まれる。普通の案内文じゃなくて、現下の情勢を入れながらかっこよくふくらませたいなんていうときに、アルバイト原稿のような形でよくやったよ。まとまって10万円とか20万円とか、封筒に入れてポンとくる。雑誌なんかで書くよりはいい額だった。

 政治家の本を書いてやったことだって、何度もある。でも、それは本人や秘書が書けなくて困ってるから、ある種のスキルを提供して、それなりの対価を受け取ったものだ。それによってその政治家により食い込めることになれば、取材の上からもプラスになるし、もちろん、だからといって批判すべきときは批判する。それは別問題だ。政治とカネの問題を批判するのが、ジャーナリストだから。

 機密費は一切受け取っていないとしながらも、原稿などの対価として派閥のカネは受け取っていたという花岡氏の「理屈」に、私は違和感を覚えざるを得ない。しかし、田原氏と同様、実名で取材に応じ自らの体験を明かした点は、黙殺している他の記者たちと大きく異なる。くり返し指摘してきたことだが、問題は「政治とカネ」の問題で疑惑をかけられたメディア幹部や政治部記者が、一切の説明責任を果さず逃げ回っていることだ。なぜ彼らは田原氏や花岡氏のように正々堂々と反論しないのか。

 この問題に真摯(しんし)に対峙(たいじ)しなければ、いつまでも新聞・テレビの政治報道は、元秘書のいうように「ちゃんちゃらおかしい」ままである。

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社会 | Trackback (1) | Comment (2) | URL | 携帯 | スマフォ |  | 記事番号:238
コメント
 
[322] この人もです
2010/07/27(火)07:07:22 | URL | No Name[編集
ジャーナリストの山際澄夫も機密費をもらっています
 
[323] 
2010/07/27(火)14:33:37 | URL | シカゴ・ブルース[編集
こんにちは。山際澄夫はジャーナリストという名に値しませんね。ゴロツキです。機密費をもらっていようがいまいが、どうでもいいレベルの人間です。
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言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

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プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年生れ(68歳♂)。国語と理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

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意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

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