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2010年07月20日(火)| 社会>政治・経済 |  
『週刊ポスト』<何度でも言う!「財政が厳しいから増税やむなし」は大嘘だ>

財務省が菅政権に消費税増税を早くやらせようとしているのは、このままの税収では嫌でも特会のカネに手をつけるしかなくなることを恐れているからだ。

『週刊ポスト』2010年7月16日号 p.38 

 大新聞・テレビでは絶対わからない「空きカン内閣」の堕落2

 何度でも言う!「財政が厳しいから増税やむなし」は大嘘だ

「消費税5%分」12兆円の「特別会計予算」が毎年「役人の隠し金庫」に消えている

消費税1%引き上げで得られる税収は年間2.4兆円。菅政権と財務官僚が推しすすめる5%増税は、「毎年12兆円」を国民の財布から奪い取ることを意味する。しかし、官僚たちは、これほどの痛みを国民に強いる一方で、毎年、同額のカネを隠し金庫にせっせと移し替えている――。

*

 菅直人首相は「税収が減ってマニフェストの財源がない」と国民に泣きついて消費税増税に取りかかった。

 今年度の政府予算は過去最大の92兆3000億円。そのうち税収は37億4000億円で、不足分は借金(国債発行)などで賄(まかな)っている。数字だけを示されると財政は火の車のように思える。

 しかし、国民に財政難をアピールするために見せられる金額は消費税、所得税、法人税などからなる「一般会計」の話だ。政府には「特別会計」という“別の財布”があり、こちらは年間予算総額176兆円(統計)に達し、一般会計よりはるかに多い。

 特別会計(特会)とは、年金保険料(年金特会)、雇用保険料(労働保険特会)、道路や空港整備に使われるガソリン税や空港税(社会資本整備事業特会)、自動車の自賠責保険料(自動車安全特会)など、特定の目的のために国民が支払う税金・保険料を管理している会計で、全部で18ある。

 厚労省の役人が年金のカネで役所の施設にゴルフの練習場をつくったり、国交相の役人がガソリン税で公用車を買いまくるなど無駄遣いの温床となってきたことでも知られる。

「霞が関の埋蔵金」という言葉を覚えている読者は多いだろう。確証の役人は特会の資金の流れを複雑にして実態をわからないようにしてきたが、財務官僚の高橋洋一氏(現・嘉悦大学教授)が数十兆円もの“眠った”財源を発掘し、本誌に証言した。発掘された埋蔵金のざっと30兆円あまりは自民党の歴代政権が景気対策などに使い、民主党政権になると、藤井裕久・元財務相が「埋蔵金は残っていない」と発表した。

 掘り尽くされたと思わされていたのである。

 とんでもない。この「特会予算」こそ、霞が関の役人たちにとって最後の聖域であり、いまだに巨額の財源が隠されているのである。

 ここに、財務省主計局が作成したA4版の資料がある。今年初め、民主党特会改革チームの要請に基づいて提出された資料の一部だ。

〈一般会計、特別会計及び政府関係機関の不用額〉

 と題された文書には、06、07、08年度の特別会計の「不用額」がそれぞれ

●10兆5308億円
●10兆8259億円
●10兆7625億円

 と記されている。

「不用額」とは、事業実施のために予算計上されながら、年度内に使いきれなかったカネを指す。国民から見れば明らかに「不要」なカネだが、官僚にとってはあくまで「たまたま用いられなかったカネ」として「不用」という文字が使われる。

 一般会計は財務省主計局の厳しい査定を受けるため、使い残しがあれば翌年度は予算が削られる。その点、独自財源を持つ特会は各省庁が甘く査定し、必要額を大幅に上回る予算が計上されている。そのため、年間12兆円もの巨額の財源が使われずに残され、「埋蔵金」として年々積み上がっていたのだ。

 菅首相が国民に増税を求めている消費税5%アップで得る税収はこの不用額と同じ年間12兆円だ。この余りガネを充てれば、増税など必要ないではないか。

「国債を買って運用」の甘い汁

 そもそも特会の「不用額」はどうやって発生し、積み上がっていくのか。

 一例を挙げると、急激な為替(かわせ)変動に対応する為替介入資金である財務省の外国為替資金特会(外為特会(がいためとっかい))はざっと100兆円分のドル資金を保有している。その金は現金としてではなく、米国債などを購入して運用しているため、特会には年4兆円前後の利息収入が入る。そこから人件費など経費を引くと08年には3・4兆円の剰余金が出た。企業でいえば利益にあたる。

 財務省はこのうち2・4兆円を一般会計に繰り入れたが、残りの1兆円は「不用額」となった(08年度)

 その金はどこに行くのか。

 外為特会では、保有する米国債が暴落した場合に損失をカバーするという名目で、100兆円とは別に「積立金」を貯め込んでいる。不用額の1兆円はこの“財務省の拠金箱”に入れられるのだ。積立金は06年には17・5兆円だったが、07年に2兆円、08年に1兆円が繰り入れられて20・5兆円へと年々増え続けている。

 そうした積立金は損失補填(ほてん)目的としては必要以上に巨額だという批判が強い。しかも、「外為特会は財務官僚の海外留学資金などに流用されてきた」といわれるように、その使途は疑惑だらけである。

 第一、財務省はこれだけ円高で輸出企業が苦しんでいるにもかかわらず、この5年間一度も為替介入を行なっていない。100兆もの介入資金が必要なのかも疑問だ。

 同じく財務省所管の特会である、巨大地震に備えた地震再保険特会の08年度歳入は654億円あったが、この年は巨大地震が起きなかったために歳出は事務経費の7600万円のみ。収入のほとんどが「不用額」となり、そっくり積立金として貯蓄された。この特会、設立以来45年間で支払った保険金は阪神・淡路大地震の時の62億円だけだ。毎年の保険料収入の「不用額」は積もりに積もって1・2兆円に達している。阪神・淡路大震災で支払った保険金の額と比較しても、1・2兆円も貯め込んでおく必要はあるのか。

 巨額の資金量を誇る年金や労働保険をはじめ、特別会計の不用額の多くはそれぞれの特会が持つ積立金に組み入れられ、「埋蔵金」と化していくのである。

 国会議員の元政策秘書で、『特別会計への道案内』(創芸出版)の著書がある松浦武志氏が語る。

「官僚はせっせと積立金を増やし、その金で国債を買う。1兆円の積立金があれば金利が1%でも年間100億円の運用収益が上がる。その利息で無駄遣いをしてきたわけです。特会の中には不用額をそのまま財源にできないものもあるが、少なく見積もっても、フローで毎年6兆~7兆円の財源は捻出できる」

 国債発行額の増加を理由に増税を求める一方で、自分たちは“へそくり”で国債を買い、その利息で私腹を肥やしているのだ。

「特会仕分け」は亜アリバイ工作

 枝野幸男・幹事長と玄葉光一郎・政調会長、そして蓮舫・行政刷新相の3人は、6月23日、「10月中旬から特別会計を対象にした事業仕分け第3弾を実施する」と大々的に打ち上げた。

 民主党は政権交代前、マニフェスト実行に必要な年間17兆円の財源は、「一般会計と特別会計を合わせた総予算207兆円を組みかえることで捻出できる」と説明していた。最初から特会にまだまだ財源が眠っていると見当をつけていたはずである。

 民主党内でも、昨年9月の政権交代直後から、「まず特会を仕分けすべき」との声があがっていた。しかし、当時の行政刷新相だった仙谷氏、第2弾仕分け当時の行政刷新相だった枝野氏も、そうした超えに耳を貸さずに、大した支出削減にならないスパコンや公益法人の仕分けを優先させた。

 枝野氏や玄葉氏も「財源がない」と消費税増税方針を打ち出した後に、特別会計の仕分けというのだから順番が明らかに違う。

 それでも遅ればせながら、この問題に取り組むのなら歓迎すべき話だ。が、官僚はすでに埋蔵金を使わせないための予防線を張っている。

 枝野氏らが特別会計仕分けの方針を発表した前日、菅内閣は財政健全化のための「財政運営戦略」を閣議決定した。そこには次の一文が盛り込まれている。

〈確保された歳入が一時的なものである場合には、国債発行額の抑制に活用するものとする〉

 つまり、一時的な歳入である不用額や埋蔵金を発掘しても、子ども手当や社会保障などの財源には使わせないという意味だ。

 実際には、前述のように特会では毎年10兆~12兆円の不用額が発生する仕組みがあり、余分なカネをしっかり吸い上げれば十分恒常的な財源となるのだが、菅内閣がここでも官僚の求めに応じて自ら特会仕分けを妨害する規定をつくり、そのうえで特価仕分けを発表しているのだから、やる気のほどが知れよう。

 閣議決定の進行役だった仙谷官房長官は、財源の宝庫が目の前にあるのに、「残る『税金のムダ遣い』はせいぜい2兆円だ」と、早々と発掘の目標値を引き下げた。最初から特会には手をつける気がなかったとさえ思えてくる。

 内閣府の幹部はこううそぶく。

 「財務省が菅政権に消費税増税を早くやらせようとしているのは、このままの税収では嫌でも特会のカネに手をつけるしかなくなることを恐れているからだ。特別会計にも無駄削減のメスを入れたという姿勢は見せておく必要があるが、まァあれは増税を前提にしたアリバイづくりにすぎない」

 菅氏らは、ここまで官僚に馬鹿にされてもなお、国民を裏切って彼ら(――財務官僚――)のために働くつもりなのか。

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言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

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プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年生れ(68歳♂)。国語と理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

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意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

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