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2010年07月31日(土)| 社会>政治・経済 |  
『週刊ポスト』官房機密費告発(8)――世間・世界の常識からかけ離れたマスコミ

『週刊ポスト』2010年7月23日号 p.51 

〈怒りの告発キャンペーン 第8弾〉

 官房機密費マスコミ汚染問題

「我々は1円でももらったらクビ」と外国人記者たちは絶句した

まるで他人事の朝日新聞編集委員に批判続出、時事通信社OB掲示板では機密費に言及した人に「お前なんか出て行け」の暴言――やはりメディアに自浄能力はないのか

「世間の常識とかけ離れている」という新聞・テレビの常套句。最近はもっぱら大相撲に向けられているが、しかし官房機密費に目を向ければ、むしろマスコミにこそふさわしい言葉ではないか。しかも、それは「世界の常識」からも、遠くかけ離れているのだ。

上杉隆(ジャーナリスト)と本誌取材班 

 官房機密費問題をかたくなに無視し続ける大マスコミに対し、人々の苛(いら)立ちは高まる一方だ。

 7月4日、朝日新聞社である“事件”が起きた。休刊した論壇誌『論座』のネット版「WEBRONZA」を立ち上げることになり、その創刊記念として開催されたシンポジウム。その場にパネラーとして出席した朝日新聞の曽我豪編集委員(政治部出身)が、「糾弾」されたのである。

 シンポジウムはネット動画のニコニコ生放送で中継されていた。

 おもむろにパネリストの吉田徹・北海道大学准教授が「官房機密費うんぬんということについて、メディア人としてひと言お聞きしてもいいですか?」と話を振ると、曽我氏は次のように応じた。

「私はもう逆にいうと、どんどん明らかにしてほしいと本当に思います」「マスコミに対するお金が出ているのかどうかわかりませんけど」「週刊誌を読むとですね、封筒の中に現金が入っていて貰ったっていう話。そんな時代があったのかと、本当、正直思いますけど」

 すると、会場から質問の声が上がった。

「大手メディアが報道を避けているように見えるが、その点に関してはどう思っているのか?」

「朝日新聞側として、どうも客観的というか、他人事のように聞こえる。どうコミットしていくのか表明してほしい」

 曽我氏は慌(あわ)てて弁明した。

「僕たち新聞記者の仕事っていうのは、やっぱり権力は何をやっているのか、実際どういう金の使い方をしているんだろうと、それを明らかにするのが仕事であって、個々の記者がどうこう、朝日新聞が内部調査するかどうかということよりもですね、官房機密費の使われ方というのをオープンに権力側がすべきだと思うし、そこの取材をしていくのが自分たちの仕事であるという話を、さっきしたかったんです」

 ところが、この発言がさらなる波紋を呼んだ。ニコニコ生放送のコメント欄に、視聴者からの辛辣な書き込みが殺到。プチ炎上状態になってしまったのだ。

〈いさぎよくねーな〉〈今オープンしろよ〉〈だから新聞自らが内部調査を〉〈マスコミはなんでやんないんだよ!〉〈責任逃れしてるでしょ〉〈自浄能力がないってことですね〉〈自浄能力がないマスコミが他を叩くとは片腹痛い〉

 ………。これが普通の人の感覚だろう。

 朝日新聞が自社の記者に対して、機密費の受け取りなどしないように厳しく教育し、律してきたことは間違いない。だが、機密費は「渡す」権力側だけの問題ではない。「受け取る」側のメディア自身の問題なのだ。メディアは自ら説明責任を果たすべきであり、朝日だけがその責任を免れるわけではない。視聴者の反応は、当然すぎるほど当然である。

 OB記者同士が大げんか

 時事通信社のOB組織「社友会」の運営するネット掲示板では、さらにショッキングな“事件”が起きていた。

 モスクワ支局長や外信部長を歴任した元時事通信記者の中澤孝之氏は、『週刊ポスト』を読み、時事にも疑いがかけられていること、それに対して時事が「いい加減な回答」をしていることを知り、掲示板にこう投稿した。「我が社の歴代の政治部記者、政治部長は、天地神明に誓って、時の政権から賄賂めいたもの(官房機密費の一部と思われるもの)をもらったことはないと、断言できるか」

 ところが、何度投稿してもこの書き込みは、なぜか掲載されなかった。中澤氏が会に確認したところ、掲示板の管理者が掲載を認めなかったという。

 そしてしばらくたった日の深夜、時事通信社の「元政治部長」の名を名乗る人物から中澤氏のもとに電話があった(中澤氏も面識のある人物だが、面会して話したのではないため、「名乗る人物」としておく)。すると、その人物はいきなり罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせてきたという。

「賄賂をもらったとはなんだ!」「近くにいたらお前をぶん殴ってやるところだ」「気でも狂ったのか。こんなことを書きやがって」「お前なんか社友会(OB会)から出て行け!」

 中澤氏は、かつての同僚記者であろう男の言葉に耳を疑った。

「私の書き込みは質問形にしてあり、“賄賂をもらったに違いない”などと断定的に書いたわけではありません。にもかかわらず、この人物は冷静さを完全に失い、無礼な暴言を吐き続けた。もらっていないのなら、“もらったことはないと断言できる”と静かにいえばいい。一般的に、すねに傷をもつ者ほど、わめいたり怒ったりするものです」(中澤氏)

 機密費の問題となると、この「元政治部長」にかぎらず、メディア側の人間はなぜかみな反応がヒステリックになる。ジャーナリストでありながら、なぜ冷静に、正々堂々と反論できないのか。日本のメディアの反応は、世界のジャーナリズムの常識からすれば、ありえないことなのだ。

 外国なら「検察も動く」

 英経済誌『エコノミスト』が日本における機密費のマスコミ汚染問題を取り上げたことは以前、紹介した。同誌は「日本のメディアはこの件について、日光の賢い三猿に似た反応を示している。『見ざる』『聞かざる』『言わざる』である」とその黙殺ぶりを皮肉ったが、日本に駐在する外国人記者たちもまた、機密費問題に対する日本のメディアの反応には呆れ果てている。

 英『ガーディアン』紙の東京特派員、ジャスティン・マッカリー記者がいう。

「政治家が有利な記事を書いてもらうために全国紙の記者に金を払うようなケースは、イギリスにはない。イギリスで同様のケースがあったら、その記者のキャリアは終るだろう。私自身が事実や証拠を確認したわけではないからはっきりしたことはいえないが、もし(日本の機密費マスコミ汚染問題が)事実だったとしたら、信じられないことだ。職業倫理に反するだけでなく、民主主義にとってもきわめて不健全だ。メディアはその新聞を読む読者やそのテレビを観る視聴者からの信用を失う。その組織とジャーナリストも然りだ」

 さらにマッカリー記者は、こうした不健全な状態がなぜ生まれるのかについても言及した。

「これは記者クラブシステムが生んだ症状なのかも知れない。ジャーナリストが記者クラブに詰めているから、取材対象の政治家と親密になる。そうすると気持ちの上で、金をもらって贔屓(ひいき)の記事を書くような関係になりやすいのかもしれない」

 日本以上に賄賂(わいろ)がはびこっているといわれるイタリアでも、ジャーナリズム側の対応として、こんな事態はありえないという。テレビ局「SKY TG24」の極東特派員、ビオ・デミリア記者の話。

「ひどいですね。このケースがイタリアで起きれば、記者も新聞社も“無視”することは考えられない。新聞社内部で調査して、事実なら記者は退職させられる。読者を裏切ることになるからだ。同時に検察も動くだろう。イタリアの検察には力があり、とにかく起訴して裁判で争う。この場合、検察はまず野中広務氏に取り調べを行ない、関係したものの名前を出せと命ずることになるでしょう」

 米国では、メディアは機密費を使った「スピン」(情報操作)に対する警戒心から、「2ドルルール」「5ドルルール」などのルールを設けている。政治権力から、コーヒー代などを超える物品の提供を受けてはならないという自主的なルールで、破ったジャーナリストは事実上メディアから追放されるのだ。

 私自身は、ニューヨークタイムズの取材記者時代から、金品は受け取らない姿勢を貫いてきた。政治家と食事を共にすることになったら、必ず割り勘にする。店によって割り勘が難しければ、必ず同額のお返しをする。その場で支払えなかった場合は、翌日、必ず届けるようにする。ゴルフコンペなどでも当然、参加費を払う。これは政治家とのフェアな関係保つためには必要不可欠なことだと考えている。

 政治家に食事をおごってもらう、「お土産」「お車代」などの金品をもらうのが当たり前の「日本の常識」は、「世界の非常識」なのだ。

 とくに機密費は、国民の税金を原資とするものだ。この問題で「自浄能力」を発揮できなければ、日本のメディアはますます世界のジャーナリズムから見放されることになるだろう。

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言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

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プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年生れ(68歳♂)。国語と理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。現在は39年間続けた自営(学習塾)の仕事を辞め個人的に依頼されたことだけをこなす日々です。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

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意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学三浦つとむ『認識と言語の理論 I』

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

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