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2010年08月02日(月)| 社会>政治・経済 |  
『週刊ポスト』官房機密費告発(10)――マスコミ汚染問題・5つの論点

『週刊ポスト』2010年8月6日号 p.135 

〈怒りの告発キャンペーン 第10弾〉

 これが本誌が追及してきた「政治とカネ」の本質だ

 官房機密費マスコミ汚染問題

 5つの論点

 朝日新聞「紙面モニター」欄のまやかし記事を論駁する

政治や行動を監視し、チェックするはずの記者たちが、官邸から金品を受け取っていた。その彼らが書く記事は、はたして信じるに値するのだろうか。官房機密費マスコミ汚染問題は、私たちが正しいだろうと信じていたニュースが、はじめから歪められているのではないかという深刻な問題を孕(はら)む。本紙がこれまで追及してきたマスコミ汚染問題の本質を改めて記す。

上杉隆(ジャーナリスト)と本誌取材班 

 官房機密費マスコミ汚染問題の追及を始めてから約3か月が過ぎた。国民の官房機密費問題への関心は高まる一方で、新聞・テレビへの問い合わせがひっきりなしだという。ひたすら騒ぎが沈静化するのを待っていた新聞・テレビにとっては想定外の事態だろう。

 そんななか、朝日新聞がようやく重い腰を上げた。読者からの声に報道・編成局が答える「紙面モニター」欄(6月18日付朝刊)で、官房機密費問題を取り上げたのだ。

 読者の一人はこう指摘している。

〈官房機密費の紙面での扱いについて、「声」の欄で過去に数回取り上げられていますが、なぜ正面から記事にされないのか疑問に思っています。官房機密費は国民の税金ではないですか。国民には知る権利があり、マスメディアは真実を報道する責任を負っていると考えるのは小生だけでしょうか。

 一部週刊誌の宣伝タイトルに機密費とマスメディアとの関連が言われていますが、まさかそのようなことはあるまいと信じています。とするなら、この大きな問題をなぜ取り上げないのですか。取り上げられない事情があるのでしょうか〉

 この至極(しごく)まっとうな疑問に答えたのは、朝日新聞のゼネラルエディター兼東京本社編成局長を務める大塚義文氏だった。

〈官房機密費をめぐっては、小渕内閣で官房長官を務めた野中広務氏が4月30日、評論家や在任当時の野党議員らに配っていたと発言したことで改めて注目を集めました。朝日新聞はこの発言の何年も前から官房機密費の使われ方や情報の開示に目を向けた報道を続けています〉

 だが、この回答は致命的にズレている。読者が指摘していた〈機密費とマスメディアとの関連〉の問題を機密費全般の話にすり替え、自らに向けられた機密費汚染疑惑に答えていないからだ。

 そもそも野中広務元官房長官がこの問題で初めて口を開いたのは、朝日のいう4月30日(野中氏が朝日ら記者団に語った日)ではなく、4月19日、TBS系『NEWS23X(エックス)』が行なったインタビューにおいてである。野中氏は、機密費の具体的使途についてこう暴露した。

「国会対策に使うことが多かった。総理の部屋に月1000万円、それから国会対策委員長、参議院幹事長室に月500万円ずつ持っていかなきゃならなかった」

 首相官邸が持つ官房機密費は現在年間14億6000万円だが、野中氏が官房長官を務めた小渕内閣(98~99年)当時は、いわゆる「機密費上納(※)が行なわれており、現在より官房機密費が潤沢にあった。

※ 官房機密費の不足を補うため、外務省機密費から約20億円が毎年官房機密費に転用されていた。岡田克也外相によれば、2001年に立件された外務省職員による機密費流用事件以来、行なわれなくなったという

 野中氏がいう国会対策では、野党議員を中心に多額の機密費が配られ、ほかにも外交交渉や選挙費用など、さまざまな場面で機密費は適宜使われてきた。すべて領収書不要で、記録を残さないという前提で配布されるカネだ。

 私はかねてより一貫して官房機密費そのものは当然あってしかるべきものだと述べてきた。海外ならば米国のCIA、イスラエルのモサドのような諜報(ちょうほう)機関があり、そこでは多額の予算を使っているが、日本にはないため、内閣官房等がその役割を担っている。国益保全のための情報収集や、誘拐された日本人救出のための身代金など、国益や国民の生命・安全のために必要な資金は認められるべきだ。ただひとつ欲をいえば、何年先でも構わないが、期限付きで原則公開すべきというのが、私が一貫して主張してきた条件だ。

 しかしその番組で、野中氏は絶対にあってはならないことを口にした。歴代内閣からの「引き継ぎリスト」が存在し、そこにマスコミ人の名前があったというのだ。

「政治評論をしておられる方々に、盆暮れにお届けするというのは額までみんな書いてありました」

「テレビで正義の先頭を切るようなことをいっている人が、こんな金を平気で受け取るのかと思いました」

「政治とカネ」を追及してきたメディアの側の一部が、機密費という「毒まんじゅう」を食らう。私が追及を続けている機密費問題はこの1点である。

 問われているのは〈官房機密費の使われ方〉ではなく、記者が受け取ったかどうかであり、朝日自身の内部調査と〈情報の開示〉が求められているのだ。

 だが、大塚氏はこう回答するのみだった。

〈野中官房長官の今回の発言についても、朝日新聞は直ちに報道しました。これは記者たちが官房機密費を受け取っていないことに自信を持っていることの表れだとご理解戴きたいと思います。一部週刊誌の中には、マスメディアにも官房機密費が渡っていたのではないかというような記事を掲載している例もあります。しかし朝日新聞社についてはそのような事実はありません〉

 自信があるなら堂々と内部調査すればいい。だがこれまで朝日新聞社内において、内部調査が行なわれた形跡はない。私の取材によれば、今日現在、朝日が内部調査を行なう予定すらないという。にもかかわらず〈事実はありません〉と言い切るのは、摩訶不思議な詭弁でしかない。

 この追及キャンペーンも今回で第10弾となる。朝日新聞が完全にすり替えてしまった、官房機密費問題の本質。それを理解していただくために、改めて“論点”を整理しておこう。

  伝染  なぜ記者たちは機密費を受け取ってしまうのか

 私が取材を続けるなかで驚愕(きょうがく)したのは、一部の政治評論家にとどまらず、新聞・テレビの政治部記者にも機密費が配布されていたことだ。メディアの人間が官邸に「餌付け」され、機密費汚染がこれほどマスコミの広範囲に蔓延(まんえん)していたとは想定外だった。

 官邸側は記者に、まずは食事をおごり、ゴルフに連れて行き、野球の観戦チケットを渡すといった簡単なところから始める。そして1万円でもいい、お車代でも情報提供料でも名目は何でもいい。一度現金を受け取るように仕向ければしめたものなのだ。

 巧妙なその「餌付け」は、長年機密費の甘い汁を吸ってきたメディア幹部からその部下へと継承される。良識あるはずの記者たちがいとも簡単に「毒まんじゅう」を食らってしまう仕組みはどうなっているのか。

 そのカラクリはこうだ。例えば、「ものわかりのい若いのを2人連れて来てください」と政治家にいわれ、幹部が部下を連れて会食をする。帰り際(ぎわ)、秘書からお土産代と「お車代」が渡される。若い記者2人は「いや、それは受け取れません」と断わるが、上司に「いや、いいんだよ。大丈夫だから」と促(うなが)される。上司が率先して受け取る様(さま)を見れば、後輩としては断わるわけにはいかない。戸惑いつつも受け取ってしまう。これがはじまりだ。それがたとえ小さな額でも、記者が受け取った瞬間に、渡した側は「餌付け成功」と思うわけだ。

 1回受け取ったら、徐々に金額と回数が増えていく。「お子さんが入学式だってね。給料が安いし大変だろう」と10万円単位のカネの入った封筒が渡される。「受け取れません」と断わっても、「これは入学祝いだよ。君にじゃないんだから」といって上着のポケットに突っ込まれる。

 こうしてもらうことに抵抗がなくなり、ジャーナリストであるはずの記者は、機密費の毒に麻痺してしまう。一方、受け取らない記者はどうなるかというと、上司に逆らう奴という評価を受けて、次の人事で政治部から追放される。ものわかりのよい記者しか生き残れないシステムなのだ。

 これが機密費汚染が長年、多くの記者に“伝染”してきた理由である。

  共犯  新聞・テレビは官邸の走狗ではないか

 官房機密費に汚染された記者は、もはや官邸と“共犯関係”にあり、「政治とカネ」の問題を厳しく追及することなど不可能だ。

 それどころか、機密費の毒に冒(おか)されたメディアの幹部は、もはや官邸による情報操作のコマと化す。

 現場記者が集めた膨大な取材メモが、官邸に「上納」されていたという問題はその典型だ。現場の記者たちが夜討ち朝駆けをして各政党、派閥のキーマンなどからとってきたオフレコのメモが、政治部長や編集局長に上げられる。それを幹部たちが、機密費と引き替えに官邸に渡してしまっていたのである。

 官邸はこれらのメモで反主流派の動きを把握したり、各メディアの取材状況を把握することもできる。つまり何のことはない。何も知らない若手記者たちは結果的に、官邸の情報収集係を務めたことになるわけだ。こうやって官邸に「餌付け」されたメディアは、まさに官邸の走狗(そうく)と成り下がる。この仕組みは、誰よりも徹底して情報収集を行なった元官房長官の名前を冠して「野中システム」と呼ばれた。官邸と記者クラブの癒着、まさに「不適切な関係」を象徴するものである。

 多くの場合、純粋で真面目な若手記者はこの実態について知る術(すべ)がない。一方で上司と部下が“共犯関係”にある場合は、お互いに金を受け取っていることを知っているから、問題が表面化することもない。

 こうした構図があるからこそ、メディア自身による徹底した内部調査が求められているのである。

  茶番  新聞・テレビに「政治とカネ」を追及する資格があるか

 このように、官房機密費によるマスコミ汚染は、あくまでも「メディア自身の問題」である。権力側がメディアをカネで懐柔しようとするのは世界中でよくあることだ。問題は、メディアの側が平然とそれを受け取ってきたことの異様さだ。「政治とカネ」の問題で政治家の責任を追及してきた人間が、実は政治家からカネをもらっていたとすれば、これ以上の茶番はない。

 例えば小沢一郎氏に対しては、メディアは「疑問をかけられた以上、説明責任を果たすべきだ」といい続けてきたが、国民の税金を原資とする機密費こそ、まさしく「政治とカネ」の“疑惑”である。自らに疑惑がかけられた以上、率先して内部調査を行なうのが当然だというのは、いつも新聞・テレビが振りかざしてきた論理である。小沢氏に対して「説明責任を果たせ」と声高(こわだか)に叫ぶなら、まずは自らの身の潔白を証明し、説明責任を果たすのが筋ではないか。

 だが、内部調査を実施したメディアはいまだにゼロで、なぜか新聞・テレビはこの問題を無視し続けている。

 ならば、紙面で取り上げた朝日はマシといえるか。いや違うだろう。この記事で読者の不信が解消されたと思っているのだろうか。国民の税金の使い道をチェックすることがジャーナリストの最低限の役割だという世界の常識を、新聞・テレビは忘れたのだろうか。

 そもそも、機密費を受け取ったことを申告していなければ、所得税法違反に問われる可能性があることも、付け加えておかねばなるまい。

  特異  世界のメディアから見放される危機意識がないのか

 日本に駐在する外国人記者たちは、機密費のマスコミ汚染問題に呆れ果てている。

「イギリスで同様のケースがあったら、その記者のキャリアは終わるだろう」と英『ガーディアン』紙の東京特派員、ジャスティン・マッカリー記者はいい、イタリアのテレビ局「SKYTG24」の極東特派員、ビオ・デミリア記者は、「同時に検察も動くだろう」とさえ語った。

 米国では、メディアは機密費を使った「スピン」(情報操作)に対する警戒心から、「2ドルルール」などのルールを設(もう)け、コーヒー代を超える物品提供を受けないよう自らを律している。

 私のいた『ニューヨーク・タイムズ』は2ドルルールで、おごられるのは本当にコーヒー1杯で終わり。スターバックスとタリーズで、「本日のコーヒー」ならOKだが、カフェラテをたのむとOUTだった。

 ところが日本では全く事情が異なってくる。鳩山邦夫事務所の秘書を務めていた時代から、決して金を受け取らなかった私は事務所内で「共産党」と呼ばれていた。もちろんカネに潔癖な共産党に引っかけて揶揄(やゆ)されていたわけだが、確かに永田町では記者でも秘書でもカネや物を受け取らないのが「非常識」とされていた。日本はなんとも特異な国である。

 世界のジャーナリストは、権力との距離感に非常に気をつかう。政治家との不健全な関係について噂がたっただけで、ジャーナリスト生命が終ってしまう可能性があるからだ。ところが、もともと記者クラブという談合組織で「政府の広報」と見なされている日本の記者クラブメディアには、こうした危機意識が全くない。このままでは世界のメディアから見放されるだろう。

  談合  なぜ記者クラブはお互いをかばい合うのか

 取材を続けながら痛感させられるのは、日本の記者クラブ制度の弊害である。前出・マッカリー記者は「これは記者クラブシステムが生んだ症状なのかも知れない」と語った。大手メディアしか記者会見に出席できない記者クラブ制度は、日本特有のシステムなのである。

 機密費の配布先リストに名前の挙がった評論家の多くが、記者クラブメディアの政治部記者だったが、これは偶然ではない。記者クラブ時代の機密費漬けが、退社・独立後も延々と続き、エスカレートしていくということなのだ。

 記者クラブという閉じられた空間だから、官邸は周囲を「餌付け」した記者で固めることができる。“共犯関係”にある者同士で、問題を“隠蔽(いんぺい)”することもできる。追及キャンペーンに対する反響がこれだけ高まるなか、一社たりとも内部調査を行なっていないことが、まさに記者クラブの談合体質を象徴的に示すものではないか。自分がもらっていないというだけならまだしも、「見たことも聞いたこともない」と問題をそのものを否定する。そうしてお互いをかばい合うのだ。

 それどころかこの問題については、取材しようとすると聞くだけでみな怒る。

「こういうことを取材するようじゃ、君とは二度と仕事はできない」――通信社の幹部がこんなことをいってくるのだから呆れてしまう。

 記者会見を開放し、不特定多数のジャーナリストが官邸に出入りすることになれば、官房機密費による「餌付け」は不可能になる。また、社内の上下関係に縛(しば)られないフリーのジャーナリストにより、「不適切な関係」が告発される可能性も高まる。

 日本の大手マスコミ各社が真摯(しんし)に自らの機密費汚染問題に取り組まないかぎり、日本のメディアは世界のジャーナリズムからも、読者・視聴者からも見放されることになる。

 そしてこの談合組織を変えない限り、日本は本当の民主国家として世界から認められないのではないか。

 冒頭に紹介した朝日記事は、〈憶測や意図を持った怪情報とは異なる確かな事実をつかんで紙面化し、問題を提起することによって制度見直しつなげるのが狙いです。そうした取材・報道に全力を尽くします〉と纏(まと)められている。

「憶測や意図を持った怪情報」とは何を指すのか。野中氏は機密費を取り仕切る官房長官を務めていた「証人」である。このキャンペーンはその「証言」からはじまったものだ。当事者である証人の証言を「怪情報」ということこそ、ただの「憶測」ではないのか。私は決して追及を止めない。

記者クラブへの便宜供与(べんぎきょうよ)
新聞・テレビなど記者クラブ加盟社は、庁舎内にある記者室を無償で使用でき、電気代もタダ、なかには電話・ファックス代まで官庁が負担しているところも。農水省では記者クラブの受付要員3名を外部委託し人件費まで支払っている。

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言語関連の用語について

 表現された言語(本来の意味の言語)を単に言葉あるいは言語、ことば…のように表記しています。ソシュール的な意味の言語(言語規範ないし思考言語)はカッコつきで「言語」あるいは「言語langue」・「ラング」・「ことば」等と表記しています。(背景色つきで「言語」のように表記している場合もあります)

 一般的な意味の概念を単に概念と表記し、ソシュール的な意味の概念(語の意義としての概念、いわゆるシニフィエ・語概念)はカッコつきで「概念」と表記します。(2006年9月9日以降)

 また、ある時期からは存在形態の違いに応じて現実形態表象形態概念形態のように用語の背景色を変えて区別しています(この文章では〈知覚形態〉も〈表象形態〉に含めています)。

 ソシュールの規定した用語を再規定し、次のような日本語に置き換えて表記します。詳細は「ソシュール用語の再規定(1)」を参照。

【規範レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語韻     (ある語音から抽出された音韻)

・シニフィエ   → 語概念(語義) (ある語によって表わされるべき概念)

・シーニュ・記号 → 語規範(語観念)(ある語についての規範認識)

・記号の体系   → 語彙規範   (語すべてについての規範認識)

・言語      → 言語規範   (言語表現に関するすべての規範認識)

語概念・語韻は 語概念⇔語韻語韻⇔語概念)という連合した形で語規範として認識されています。語規範はこのように2つの概念的認識が連合した規範認識です。ソシュールは「言語langue」を「諸記号」相互の規定関係と考えてこれを「記号の体系」あるいは「連合関係」と呼びますが、「記号の体系・連合関係」の実体は語彙規範であり、言語規範を構成している一つの規範認識です。規範認識は概念化された認識つまり〈概念形態〉の認識なのです。

なお、構造言語学・構造主義では「連合関係」は「範列関係(範例関係)」(「パラディグム」)といいかえられその意義も拡張されています。

 語・内語・言語・内言(内言語・思考言語) について、語規範および言語規範に媒介される連合を、三浦つとむの主張する関係意味論の立場からつぎのように規定・定義しています。詳細は『「内語」「内言・思考言語」の再規定』を参照。(2006年10月23日以降)

  : 語規範に媒介された 語音個別概念 という連合を背後にもった表現。

内語 : 語規範に媒介された 語音像⇔個別概念 という連合を背後にもった認識。

言語 : 言語規範に媒介された 言語音(語音の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった表現。

内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。

内語内言は〈表象形態〉の認識です。

なお、上のように規定した 内言(内言語・内的言語・思考言語)、 内語とソシュール派のいうそれらとを区別するために、ソシュール派のそれらは「内言」(「内言語」・「内的言語」・「思考言語」)、「内語」のようにカッコつきで表記します。

また、ソシュールは「内言」つまり表現を前提としない思考過程における内言および内言が行われる領域をも「言語langue」と呼んでいるので、これも必要に応じてカッコつきで「内言」・「内言語」・「内的言語」・「思考言語」のように表記します(これらはすべて内言と規定されます)。さらに、ソシュールは「内語の連鎖」(「分節」された「内言」)を「言連鎖」あるいは「連辞」と呼んでいますが、まぎらわしいので「連辞」に統一します(「連辞」も内言です)。この観点から見た「言語langue」は「連辞関係」と呼ばれます。ソシュールは「内語」あるいは「言語単位」の意味はこの「連辞関係」によって生まれると考え、その意味を「価値」と呼びます。構造言語学では「言(話し言葉)」や「書(書き言葉)」における語の連鎖をも「連辞」と呼び、「連辞関係」を「シンタグム」と呼んでいます。詳細は「ソシュールの「言語」(1)~(4)」「ソシュール用語の再規定(1)~(4)」「ソシュール「言語学」とは何か(1)~(8)」を参照。

 さらに、ソシュールは内言における 語音像⇔個別概念 という形態の連合も「シーニュ・記号」と呼んでいるので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【内言レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)

・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)

・シーニュ・記号 → 内語

・言語      → 内言

ソシュールがともに「シーニュ・記号」と呼んでいる2種類の連合 語韻⇔語概念語規範)と 語音像⇔個別概念内語)とは形態が異なっていますのできちんと区別して扱う必要があります。

 また、実際に表現された言語レベルにおいても、語音個別概念 という形態の連合が「シーニュ・記号」と呼ばれることもありますので、このレベルでの「シニフィアン」・「シニフィエ」についてもきちんと再規定する必要があります。

【言語(形象)レベルにおける再規定】

・シニフィアン  → 語音個別概念語規範に媒介されて実際に表現された語の音声。文字言語では文字の形象

・シニフィエ   → 表現された語の意味。個別概念を介して間接的にと結びついている(この個別概念語規範の媒介によってと連合している)

・シーニュ・記号 → (表現されたもの)

・言語      → 言語(表現されたもの)

 語音言語音語音像言語音像語韻についての詳細は「言語音・言語音像・音韻についての覚書」を、内言内語については「ソシュール用語の再規定(4)――思考・内言」を参照して下さい。また、書き言葉や点字・手話についても言語規範が存在し、それらについても各レベルにおける考察が必要ですが、ここでは触れることができません。

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プロフィール

シカゴ・ブルース

シカゴ・ブルース (ID:okrchicagob)

1948年10月生れ(74歳♂)。国語と理科が好き。ことばの持つ意味と自然界で起きるできごとの不思議さについて子供のころからずっと関心を抱いていました。20代半ばに三浦つとむの書に出会って以来言語過程説の立場からことばについて考え続けています。長い間続けた自営(学習塾)の仕事を辞めた後は興味のあることに関して何でも好き勝手にあれこれ考える日々を過ごしています。千葉県西部在住。

2021年の2月下旬から海外通販(日系法人)を通じてイベルメクチンのジェネリック(イベルメクトール:インド Sun Pharma 社製)を購入し、定期的に服用しています。コロナワクチンは接種していません。

ツイッターは okrchicagob(メインアカウント)、または Chicagob Okr(サブアカウント)。

コメント等では略称の シカゴ を使うこともあります。

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意識と言語(こころとことば)

われわれは人間が『意識』をももっていることをみいだす。しかし『精神』は物質に『つかれて』いるという呪いをもともとおわされており、このばあいに物質は言語の形であらわれる。言語は意識とおなじようにふるい――言語は実践的な意識、他の人間にとっても存在し、したがってまた私自身にとってもはじめて存在する現実的な意識である。そして言語は意識とおなじように他の人間との交通の欲望、その必要からはじめて発生する。したがって意識ははじめからすでにひとつの社会的な産物であり、そして一般に人間が存在するかぎりそうであるほかはない。(マルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳・岩波文庫)


ことばは、人間が心で思っていることをほかの人間に伝えるために使われています。ですから人間の心のありかたについて理解するならばことばのこともわかってきますし、またことばのありかたを理解するときにその場合の人間の心のこまかい動きもわかってきます。
このように、人間の心についての研究とことばについての研究とは密接な関係を持っていて、二つの研究はたがいに助け合いながらすすんでいくことになります。一方なしに他方だけが発展できるわけではありません。
…こうして考えていくと、これまでは神秘的にさえ思われたことばのありかたもまったく合理的だということがおわかりになるでしょう。(三浦つとむ『こころとことば』季節社他)


参考 『認識と言語の理論 第一部』 1章(1) 認識論と言語学との関係

子どもたちに向けた言葉

ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です
        朝永振一郎

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