ことばについての覚書(2)――言語規範とラング(PC版ページへ)

2004年04月07日16:37  言語>言語規範

〔2004年4月7日 記〕

 ことばについての覚書(1)――言語の性格

 ことばについての覚書(2)――言語規範とラング

 ことばについての覚書(3)――概念の二重性と言語表現

 ことばについての覚書(1)~(3)をまとめて読む。

〔注記〕 「ことば・認識についての覚書」からの転載です。2004年当時私がどんなことを考えていたかを知る参考としてお読み下さい。なお、転載にあたって用語の訂正等、多少手を加えたところがあります。

2. 言語規範とラング

前稿の(2) で、言語においては概念は音声や文字が一次元的につながったで表され、そのつながり方は規範によって定められているということを書いた。ところで規範によって定められているとはどういうことか。

言語規範

言語規範は法律や掟のような「固い」規範ではなく道徳のような「柔らかい」規範である。つまり言語規範は法律や掟とは異なってそれを守らなかったらといって罰せられるようなものではない。しかし言語規範に従わない表現では他の人間との意思疎通に不都合が生じる。規範に従うことが意思疎通という目的にかなうわけである。だからこそ人は何の抵抗も感じずに進んで言語規範に従うのである。言語表現をする際に従うべき約束事である言語規範は、ある一定の社会集団に属する人々が互いの意思疎通のためにいわば自然成長的に創り出したものであるから人々が積極的に言語規範に従うのは当然といえば当然のことである。

言語規範に限らず規範というものはある特定の社会における共通の了解つまり約束ごとや契約である。契約や約束は守られるべきことがらであり、社会の構成員がきちんと認識できるように文書化されていることも多い。しかし文書化された法律書や契約書、文法書などは規範そのものではない。規範は共通の了解なのであり、ある社会の構成員のあいだで共有されている認識(規範意識)なのである。分かりやすい言葉でいえば言語規範のような「柔らかい」規範は常識つまり common sense共通の意識・認識)に属するものなのである。

ラング

ソシュールは言語活動全体を観察し分析した結果彼が「ラング」と名づけたものを発見した。それは同じ言語を話す一定の社会の構成員たちが共有する一種の規範的な認識である。それは概念の体系であるが単なる概念の体系ではない。一定の概念に一定の音声表象が結合したものつまり、概念⇔音声表象 という形態をもつものの体系である。

概念⇔音声表象 というのはたとえば「猫の概念が/neko/という音声表象と結合したもの」つまり 猫の概念⇔/neko/ のようなものである。ソシュールは 猫の概念⇔/neko/ のような結合を「シーニュ」とよぶ。もちろん「シーニュ」には 犬の概念⇔/inu/動物の概念⇔/doubutu/りんごの概念⇔/ringo/ …のようにたくさんのものがあり、概念が分類された階層構造つまり体系を形づくっているように「シーニュ」も体系を形づくっている。ソシュールのいう「ラング」とはこの「シーニュの体系」のことである。

三浦つとむはラングが言語表現過程や言語受容過程で規範的な媒介として働くことから、これを言語規範とよんでいる。ただし三浦は言語規範を語法・文法・文章法等を含むもっと広い意味で用いることもある。私も言語表現・受容において規範として働く語法・文法・文章法等はすべて言語規範とよぶのがよいと考えている。

◇◇◇ 2004.04.07 ◇◇◇

〔2013年1月28日 追記〕 後に明らかにしたように言語規範における 概念⇔音声表象 という結びつき、つまり語規範「シーニュ」)は実際には 語の概念⇔語の音韻 であり、語の概念(語概念・語義)も語の音韻(語韻)もともに概念的な認識である(「言語音・言語音像・音韻についての覚書」)。

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