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『認識と言語の理論 第二部』1章(2) 形式と内容との統一 [PC版ページへ]
2018/10/26 14:48

『認識と言語の理論 第二部』1章(1) 表現――精神の物質的な摸造
『認識と言語の理論 第二部』1章(2) 形式と内容との統一
『認識と言語の理論 第二部』1章(3) ベリンスキイ=蔵原理論
『認識と言語の理論 第二部』1章(4) 対象内容説・認識内容説・鑑賞者認識内容説
『認識と言語の理論 第二部』1章(5) 言語学者の内容論
『認識と言語の理論 第二部』1章(6) 価値論と内容論の共通点
『認識と言語の理論 第二部』1章(7) 吉本と中井の内容論
『認識と言語の理論 第二部』1章(8) 記号論理学・論理実証主義・意味論

『認識と言語の理論 第二部』1章(1)〜(8) をまとめて読む

三浦つとむ『認識と言語の理論 第二部 言語の理論』(1967年刊)から
  第一章 認識から表現へ (2) 形式と内容との統一


〔注記〕 三浦がその著書で「認識」と表現している語は、単に対象認識(認識内容)を意味しているだけでなくその中に「対象認識を作り出している意識主体の意識」をも含んだものである。つまり三浦は「精神・意識」のことを「認識」と呼んでいる。したがって、以下の引用文中で「認識」とあるもののうち明らかに対象認識を指しているもの以外は「意識」と読み換える必要がある。

〔引用に関する注記〕 (1) 原著の傍点は読点または句点のように表記している。

(2) 引用文中の太字は原著のものである。

(3) 長い段落は内容を読みとりやすくするために字下げをせずにいくつかの小段落に分割した(もとの段落の初めは一字下げになっている)。

(4) 読みやすさを考えて適宜 (ルビ) を付した。

『認識と言語の理論 第二部』 p.304 

 言語には形式と内容とが区別される。言語は表現であるから、これはとりもなおさず、表現形式表現内容との区別であって、一般的な形式と内容との関係をそのままここへ押しつけるわけにはいかない。けれども、形式に対するに内容をもってする考えかたは、経験的に生れるべくして生れたものであるから、両者の関係がどうとりあげられて来たかについて、すこし歴史的にふりかえってみることにしよう、

 水はその容器のいかんによって絶えずかたちを変えるが、水であることに変りはない。粘土の一塊あるいは金属の一片を取りあげて力を加えればかたちは変わるが、その実質には変りがない。すなわち物体は空間的なかたちを持っているのだが、それはその物体を構成している実質とこれまた相対的に独立したものとして、区別して扱わなければならないことになる。

すでにアリストテレスはこの問題をとりあげて、椅子に対して木材を、彫像に対して青銅を、形相質料として区別した。そして相互転化についても論じて、木材は椅子に対しては質料であるが、切られない木に対しては形相であるという考え方をした。そして存在するもののもっとも基礎的なものは、少しも形相をふくまない、すべての根底につねに存在して何にでもなりうるものでありながら現実的には何でもない質料なのだが、これに対してもっとも頂点的なものは、少しも質料をふくまない、純粋の形相としての神の精神であると説明する。それゆえ全体としては観念論的なふみはずしがあるとはいえ、形相を単に質料に即して存在する受動的・固定的な外部の形式と考えているのではなく、質料から実現してくる・質料に区別と規定とを与えて現実的なものとする・能動的な存在と考え、現実的なものを形相と質料との不可分な統一であると主張していたのであった。

 アリストテレスはこのように現実的な形相を、つまり客観的な存在としての形式を認めていた。それゆえ、たとえ客観的な物質的な世界を認めて、それがわれわれの目や耳を触発するのだといっても、その物質的な世界は「認識することのできない物自体(ものじたい)」でしかないと主張するならば、その不可知論はアリストテレスからも後退していることになる。

物自体は区別と規定を持ちさまざまな性質をそなえているのではなく、われわれの意識がそのように感じているだけのことだというならば、もはや客観的な存在としての形式を認めるわけにはいかなくなる。カントの不可知論はこの形式を主観的なものと説明した。われわれは客観的な物質的な世界のありかたとして、時間・空間をとりあげるけれども、カントはこれらを先験的なものと考え、われわれの直観の形式であるとして主観的なものにしてしまった。そして物自体が触発して感覚的な認識をつくり出す場合の能力が「感性」であり、これらを綜合(そうごう)し統一し秩序づける場合の能力が「悟性」であるということになった。

これらの綜合や統一や秩序は、客観的な物質的な世界のありかたの反映として、そのありかたに正しく対応するものとして成立するのではなく、主観的な「先験的統覚」の働きによって成立するのだと解釈するのである。このように認識において先験的に純粋な形式が与えられるのであるから、内容を持たない形式がまず存在することを認めているだけでなく、その形式によって感覚的な認識が秩序づけられることになる。言語表現に当って、頭の中で思想を展開するのは、主観的に綜合や統一や秩序をつくり出すもののように思われるから、山田孝雄(やまだよしお)のように文法論にカント的な「統覚」論を持ちこむ学者もあらわれた。

 

『認識と言語の理論 第二部』 p.306 

 ヘーゲルは、この内容から切りはなされた形式のとらえかたを、きびしく批判した。彼にとっては内容は無形式ではなく、形式は内容にふくまれていると同時に内容に対して外的なものでもある。そして内容の運動が形式をも変えていくのである。内容と形式はつねに統一においてとらえられねばならぬという点で、彼はアリストテレスを支持していた。しかしながらヘーゲルは「忘れられた」のである。その間の事情について、エンゲルスはいう。

 ヘーゲルの死んでこのかた、いづれかの科学をそれに独自な内的連関において展開しようとする試みは、ほとんどなされなかった。官許ヘーゲル学派は、師匠の弁証法からもっとも簡単な技巧の操作のみをわがものとし、それを手あたりしだいにすべてのものに、しかもしばしばなお笑うべき不器用さをもって応用した。この学派にとっては、ヘーゲルの全遺産は、結局のところ、すべてのテーマがその助けをかりてうまく組み立てられるところの純粋の雛形に、および思想と実践的な知識とが欠けているちょうどそのときに現われる以外には何の目的も持たないところの語句といいかたの目録に、帰着した。そこであるボン大学の教授がいったように、これらのヘーゲル学徒は何一つ理解していないのに、すべてのものについて書くことができる、というようなことになってしまった。

もちろんその通りであったかも知れない。だがそれでもやはりこれらの諸君は、彼らの自惚(うぬぼれ)にもかかわらず、自分の弱点を非常によく意識していたので、大きな問題からはできるだけ遠ざかっていた。古い固陋(ころう)な科学は、実証的知識にすぐれていることによって、その領分を維持していた。そしてフォイエルバッハがはじめて思弁的概念に絶縁を宣したときに、ヘーゲルぶりは徐々におとろえていき、こうして、固定的な諸範疇を持つ古い形而上学の王国がふたたび科学のうちに始まったかのように見えた。

このことはその自然的な根拠を持っていた。純粋の空文句に迷いこんだヘーゲルの後継者たちの治世についで、当然にも、科学の実証的内容がふたたびその形式的側面よりも重きをなす時代がやって来た。ところがドイツは、同時にまた、一八四八年以来の目ざましいブルジョア的発展に応じて、まったく異常なエネルギーをもって、自然科学に没頭した。そして、思弁的な傾向がそこでは何ら重要な意義を持っていないこれらの自然科学の流行とともに、ヴォルフのきわめて平凡な合理主義にいたるまでの古い形而上学的思惟(しい)方法がまたふたたび勢いを得て来た。ヘーゲルは忘れられた。(エンゲルス『「経済学批判」書評』)

 これは決して昔話だと片づけるわけにはいかないのである。まず、ここでとりあげられている「官許ヘーゲル学派」を「官許マルクス主義者」と読み変えてみるならば、いろいろ思い当たるふしもあろうというものである。マルクス主義哲学者として著明な人間が、スターリンが言語学に関するまちがいだらけの論文を公けにすると、さっそく『ドイツ・イデオロギー』のマルクスのことばを引用して、「スターリンの言語論は、このマルクスの基本的な見解を一層くわしく展開したものと思われる(1)。」などと書くといった状態だったのである。専門家としての研究を蓄積していない政治家や哲学者が、何についても権威ある論文を書けるかのように自惚れていたわけである。それにここでとりあげられたドイツのように、古い形而上学的な思惟方法がふたたび支配的になり、弁証法が詭弁として無視されている状態では、ヘーゲルが具体的な問題の中で弁証法を説いているのを読むと世評とあまりにもちがうので驚嘆の念を禁じえないはずである。だからエンゲルスがシュミットあての手紙でヘーゲル美学を読めとすすめ、「驚嘆の念を新たにされるでしょう」などとのべたのであって、そこにマルクス=エンゲルスさえ驚嘆した芸術理論がころがっていると解釈するなら、それはやぶにらみというものである。ヘーゲルの観念論的な世界観がその美学をもつらぬいて、理論をゆがめていることは、エンゲルスにとって暗黙の前提であった。それにもかかわらず、この手紙のことばから、ヘーゲル美学の中にでき合いの芸術評論がころがっているように錯覚し、ヘーゲルの規定をもらって来るならば、それこそミイラとりがミイラになること保証つきである。

 よく知られているようにヘーゲルの世界観は客観的観念論である。カントとちがって客観的な世界を具体的な区別と規定を持つものと認め、形式と内容の不可分の統一が存在すると認めはするが、その客観的な物質的な世界は絶対的なイデーが自己を「外化」してすがたを変えたものであり、精神が物質的なかたちをとっているものにほかならない。そしてこの観念論的な世界観は、形式と内容の構造をたぐっていく場合にも、足をひっぱらずにはすまないのである。唯物論では、精神は人間の頭脳においてはじめて出現するのであって、いったん物質的なかたちをとったイデーが人間の頭脳においてふたたび精神にもどっていくなどとは考えない。

ヘーゲルでは物質それ自体が精神に変化するとか精神それ自体が物質に変化するとか解釈するから、反映論も表現論も摸造としてとりあげてはいないのだが、唯物論ではあくまでも精神的な摸造としての反映とか物質的な摸造としての表現という考えかたを堅持するのである。それゆえ、ここに問題がひそんでいることを見のがしてはならない。ヘーゲルが認識あるいは表現について形式と内容との統一を論じていても、それは像における形式と内容とのありかたではない

唯物論の立場をとる者は、認識あるいは表現について形式と内容との統一を論じるとき、ヘーゲルの発想をそのまま持ちこむことはできないし、もしそのまま持ちこめば暗黙のうちに観念論に足をふみこむことを自覚しなければならない。持ちこんだ論者が、たとえ反映とか表現とか唯物論的なことばをいくらならべていても、すでに本質的に観念論にすべりこんでしまっているのである。プレハーノフ、ルカーチ、ルフェーブルなどマルクス主義者として著明な人びとも、唯物論の立場に立つ芸術論を建設しようと努力しながら、まだ成功したとはいえない状態にある。彼らはヘーゲル美学からその貴重なものを学びとろうと努力したが、右の問題についてどれだけ自覚していたか疑わしいし、その意味ではむしろヘーゲルが彼らの芸術学の建設をチェックしたと見ることもできるのである(2)

 まず、像でない場合の形式と内容との統一から考えてみよう。粘土の一塊あるいは金属の一片について、形式と内容との統一をとりあげれば、これはアリストテレスがすでに論じたように、それらの空間的なかたちを形式として、それらを構成している実質を内容として、とらえることができる。形式は実質それ自体の表面をさすわけであって、それらを構成している実質を内容として実質のありかたが変化することによって直ちに形式が変化するという関係にある。この場合は、実体が直接に内容とよばれるところに、特徴がある。

ところが、認識が客観的な物質的な世界の精神的な摸造として成立するとか、あるいは表現が主観的な精神的な世界の物質的な摸造として成立するとかいう場合には、両者は原型に対する像という関係におかれていて、われわれが太陽の光を浴びてあるくとき地上に影を落とす関係と似たものがある。これらの場合、像のかたちを形式とよぶのだが、像それ自体は何ら実体的ではなくて、原型の側に実体的な存在を認めるにとどまっている。従って実体が直接に内容とよばれるのではなくて、実体は媒介的に内容を形成する存在として理解しなければならないことになろう。この論理構造のちがいを無視して、像でない場合の形式と内容との統一のありかたをそのまま認識あるいは表現に持ちこむと、媒介を直接性にスリかえる結果となり(3)、物質と精神との間の媒介関係を直接にいっしょくたにしてしまう。唯物論のつもりでいても観念論になってしまう。

(1) 古在由重『マルクスの基本見解とスターリンの言語学』(『民科研究ニュース』臨時特集、1950年10月)

(2) カント的な美学を相手にするときには、そこに述べられた形式と内容との関係についての説明の批判と改作をどうしてもやらなければならなくなる。そのときにエンゲルスの賞讃も作用してヘーゲルへのよりかかりが生れるわけである。

(3) 媒介と直接性とを対立物の統一として、弁証法的にとらえたのはほかならぬヘーゲルであった。そのヘーゲルが形式と内容との統一においてこの論理をつらぬくことができなかったのは、彼の観念論的な体系が像としての認識および表現を認めなかったためであり、いわば体系の「必要にせまられて」論理が「窒息させられた」のであった。

(三浦つとむ『認識と言語の理論』に関する記事)

『認識と言語の理論 第一部』1章(1)〜(7)

『認識と言語の理論 第一部』2章(1)〜(7)

『認識と言語の理論 第一部』3章(1)〜(5)

『認識と言語の理論 第二部』1章(1)〜(8)

『認識と言語の理論 第二部』2章(1)〜(6)

『認識と言語の理論 第二部』3章(1)〜(7)

『認識と言語の理論 第二部』4章(1)〜(9)

三浦つとむ『認識と言語の理論』 まえがき

三浦つとむ『言語過程説の展開』 冒頭の文章

三浦つとむ『認識と言語の理論 第三部』 まえがき



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