『認識と言語の理論 第二部』3章(1) 身ぶり言語先行説(PC版ページへ)

2018年11月06日16:39  言語>表現論

『認識と言語の理論 第二部』3章(1) 身ぶり言語先行説
『認識と言語の理論 第二部』3章(2) 身ぶりと身ぶり言語との混同
『認識と言語の理論 第二部』3章(3) 言語発展の論理
『認識と言語の理論 第二部』3章(4) 「内語説」と第二信号系理論
『認識と言語の理論 第二部』3章(5) 音声と音韻
『認識と言語の理論 第二部』3章(6) 音声言語と文字言語との関係
『認識と言語の理論 第二部』3章(7) 言語のリズム

『認識と言語の理論 第二部』3章(1)~(7) をまとめて読む

三浦つとむ『認識と言語の理論 第二部 言語の理論』(勁草書房・1967年刊)から
  第三章 言語表現の過程的構造(その一) (1) 身ぶり言語先行説

〔注記〕 三浦がその著書で「認識」と表現している語は、単に対象認識(認識内容)を意味しているだけでなくその中に「対象認識を作り出している意識主体の意識」をも含んだものである。つまり三浦は「精神・意識」のことを「認識」と呼んでいる。したがって、以下の引用文中で「認識」とあるもののうち明らかに対象認識を指しているもの以外は「意識」と読み換える必要がある。

〔引用に関する注記〕 (1) 原著の傍点は読点または句点のように表記している。

(2) 引用文中の太字は原著のものである。

(3) 長い段落は内容を読みとりやすくするために字下げをせずにいくつかの小段落に分割した(もとの段落の初めは一字下げになっている)。

(4) 読みやすさを考えて適宜 (ルビ) を付した。

『認識と言語の理論 第二部』 p.402 

 歴史的な物ごとを研究する科学者は、その物ごとの起源ないし出発点をさぐり出すために努力し、それがなぜ生れたのか、その法則性をたぐっていくよう要求されている。経済についても、国家についても、あるいは言語についても、同じことがいえる。ただ、その時代の思想的な条件によって、この研究のあり方や問題にされるされかたは、異ってくる。宗教が科学に公然と敵対的な態度をとって、聖書の説くところに反するような学説を非難したり弾圧したりしているときには、言語は神が与えたのだという主張に対して自然に生まれたのだという主張を提出することも容易ではなかった。進化論があらわれて人間は動物から進化したものだという主張が信じられるようになると、言語は動物的な音声から進化したものだという主張も行われるようになる。一九世紀の後半に、言語の起源についてさまざまな主張があらわれ、論争されたのも、その時代の思想的な条件と無関係ではなかったのである。

 エンゲルスが一八七六年に執筆した短い論文の一部で、言語についてふれているのも、やはり時代との関連で理解すべきである。そこでは労働の果した役割を説き、労働のおかげで人間は言語を必要とするようになったとのべている。

 要するに、形成しつつある人間は、たがいに何かいわなければならないところまで来た。欲求はその器官をつくり出した。――猿の未発達の喉頭(こうとう)は、音調の変化がますます発達し、そのためにまた音調を変化させる、というやりかたによって、徐々に、だが着々と変化し、口の器官は次第に音節をわけた字母をつぎつぎに発音することを学んでいったのである。(エンゲルス『猿の人間への進化の過程における労働の役割』)

 言語の起源を神秘的に解釈して、神によって与えられたとか人間が生れつき持っている能力の産物だとかいう人びとが多いときに、言語は神秘的なものでも何でもなく、人間が実践の必要からつくり出したものだと主張しているところに、この論文の正当性と積極性があった。とはいうものの、この論文は言語学の論文でもなければ、言語の起源を解明するところに目的があったわけでもない。唯物史観の原理から考えれば、物質的な交通の発展が精神的な交通の発展を促すことになるから、言語理論を学ぶことなしにすぐ出てくる主張である。言語学を理論体系として展開することができるような、具体的な解決を与えた論文ではない。具体的な解決は言語学に志す者の仕事としてのこされている。

ところが自称マルクス主義者には、この論文を積極的に評価する者が多い。言語学者の発言にもこんなのがある。「マルクス=レーニン主義理論では、言語の起源の問題はその基礎的なかたちで解決された。マルクス主義理論における言語の起源の理論は、よく知られているように、エンゲルスによる猿の人間化についての彼の小さな研究でもっとくわしく発展させられ、基礎づけられている。」(ブイコフスキー『マールとその理論』)

たしかに言語は音声として生れるけれども、音声は生れながらにして言語ではないし、文節音はすべて言語ではない。これは資本が労働材料および労働手段として存在するけれども、これらが生れながらにして資本ではないし(1)、資本家のにぎっている貨幣がすべて資本ではないのと同じことである。資本をどう解釈するかによって、資本と非資本との区別をどこに置くかも異ってくるし、資本の起源をどこに求めるかも異ってくるように、言語をどう解釈するかによって、言語と非言語との区別をどこに置くかも異ってくるし、言語の起源をどこに求めるかも異ってくる。エンゲルスの論文によりかかって怠けていたのでは、科学的な言語学の建設は不可能なのである。

 人類における最初の言語がどのようなものであったかを、学者はいろいろ想像している。原始人による自然の音の摸倣、特に狩猟の対象となった鳥や獣の音声の摸倣・模写にはじまるのであろうという解釈はヨーロッパでも日本でも古くから行われている(2)。労働に伴う掛け声やうた声にはじまると説く者も多いし、感覚や感情を表面にあらわしたうなり声やつぶやきや叫びなどが最初だと主張する者もある。現にわれわれは、「ああ」「おや」「まあ」「ちェッ」などを、間投詞あるいは感動詞とよんで言語として扱っているのであるから、この事実から推察して、原始人がその感覚や感情をこれに似たつぶやきや叫びなどにあらわしたのが言語の起源だと主張するのは、まことにもっとものように思われる。ただいまも述べたように、音声は生れながらにして言語ではなく、つぶやきや叫び声には非言語表現もあれば言語表現もあることを考える必要があろう。

現に恐怖におそわれたり危害を加えられそうになったりして、悲鳴をあげた人びとは、経験にもとづいてこれを区別している。「キャーッ」と叫ぶのと、「助けて!」と叫ぶのとは、異った表現であることを知っている。前者は言語表現ではなく、非言語表現である。赤ん坊の泣き声にしても、空腹の場合と病気の場合とでは声の出しかたが異っていて、母親は経験的にこれを聞き分けることができるが、この泣き声によって精神的な交通が成立してもこれは言語ではない。

 商品の価値と言語の意味とが、その論理構造において一致しているという理解は、何が音声を言語たらしめるかについての解答を暗示するものである。商品の価値は、人間労働力一般の支出の・すなわち抽象的労働の・対象化において、成立する。

同じように言語の内容も、対象の一般化あるいは普遍性の認識の・すなわち抽象的な概念の・対象化において成立するのである。「ああ」「おや」などの感情や感動を表現する叫び声にしても、あるいは鳥や獣の音声の摸倣にしても、それらが単なる叫び声や物まねにとどまって、一般化あるいは普遍性の認識にまですすんでいないとすれば、それは非言語表現であって言語とよばれる資格を持ってはいないのである。間投詞あるいは感動詞にしても、感情や感動を具体的なままで表現することから、経験的ではあるがこれを一般的なものとしてとらえかえして表現するところに発展したとき、言語として認められる資格を獲得したのである(3)。カッシラーも経験的にそのことをつかんでいた。「記号はその一面に於ては必ず感性的であるけれども、それが表現するところはつねに精神的な普遍妥当性である。」と述べている。

(1) 「貨幣が資本に転化するに当って労働過程の諸要素に転化し、こうして当然にまた労働材料および労働手段のすがたをとるからといって、労働材料および労働手段は生れながらに資本となるわけではない。これはあたかも、貨幣が金や銀のすがたで現れるからといって、金や銀が生れながらにして貨幣ではないのと同じことである。」(マルクス『資本論』遺稿)

(2) 鈴木朖は『雅言音声考』で模写説を論じている。

(3) 赤ん坊が空腹の場合と病気の場合に泣き声をちがえても、それは意識してちがえているのではない。言語にあっては、音声は一つの種類としてとらえられ、ちがった認識に対して意識してちがった種類の音声をつくり出すのである。一般化あるいは普遍性の認識が特定の種類の表現に固定され、意識して創造されるという点では、おそらく音声言語が人類最初の言語であったろうと思われる。

 

『認識と言語の理論 第二部』 p.405 

 人間の感情や欲求や意志は、音声だけではなく、手の動き・顔面の動き・身体の動きなど、いわゆる身ぶりにもあらわれる。そしてわれわれは、意識的に身ぶりで表現することもしばしばである。何か質問されたとき、特殊な身ぶりで物まねをすることもできる。釣り天狗が、釣り落とした魚の大きさを手で示したり、親が息子の背の高さを手で示したりすることもある。これらは非言語表現であるけれども、一般化あるいは普遍性の認識を一定の種類の身ぶりによって表現するところまですすむなら、それは本質的に言語表現であって、身ぶり言語とよばれている。

 この身ぶり言語はいうならば身体を使って描く象形文字である。文字と同じく視覚に訴える言語表現ではあるが、文字とちがって固定した表現をとるものでなく、表現後直(ただ)ちに消滅してしまう。現在われわれが使っている身ぶり言語の語彙は数えるほどしかないけれども、言語の歴史的発展のある段階において、原始社会というべき未開の種族において、音声言語と相(あい)ならんで体系的な言語として存在する可能性を持っている。

多くの学者や探検家たちは、未開の種族の調査において、きわめて発展したこの種の身ぶり言語を発見し報告しており、レヴィ・ブリュールの『未開社会の思惟』もそれらの報告を多く引用している。それは世界各地にひろく存在しているのであって、「ディエリー族では、広汎な身ぶり言語が話す言葉とならんで存在し、すべての動物、土人(男女ともに)、空、地、歩行、乗馬、跳躍、飛翔、水泳、飲食および非常な数の事物、行為はすべて特有の身ぶり言語を持っている。そのため唯一語(ただいちご)も発しないでも会話を進めうることが発見された」り、北アメリカで「異った土族が、口で話すたがいの言語は一語も知らないのに、半日もいっしょに雑談し、指や、頭や、足の運動だけで、どんな事がらでも話し合えるということ」が報告されたりしている。

ブリュールは音声言語と身ぶり言語とが相並んで存在しているという事実から、それらはたがいに影響を及ぼし合わずに並存していると認めるべきか、あるいは反対に同じ精神活動が二様に表現され、たがいに影響を及ぼし合っていると認めるべきかと問題を立てて、後者のほうが正しいと思われるし、また事実によって裏書きされているように思われると結論づけている。

それでは、音声言語と身ぶり言語といづれがヨリ早く発展をとげたか? ブリュールは原始社会における思惟の特徴から、身ぶり言語が感覚的な位置、運動、距離、形態、輪郭などを表現する多くの語彙と文法とを持った体系的な言語となり、音声言語はこれに対応するかたちの象形音の表現として多くの語彙を持つものに発展して行ったと理解したもののようである。別のことばでいうならば、原始社会のある段階において、音声言語に対する身ぶり言語の優位を認めていたもののようである。

 ソ連の言語学者マールも、学者や探検家たちの身ぶり言語についての報告に深い関心を持って、調査を行い、アルメニア人、グルジア人、アゼルバイジャン・トルコ人、アイフル人・ギリシァ人など、少数民族の言語表現の中にもいまもって身ぶり言語による表現がすくなからず残っているという事実を発見したのである。この、身ぶり言語が音声言語と並存しているばかりか、時には身ぶり言語のほうが音声言語以上の豊富な語彙を持つという事実は、マールをはじめ一部の言語学者を身ぶり言語先行説に走らしめることとなった。

動物たちたとえば犬や猫などにしても、さまざまな身ぶりは示すのであるが、なき声の変化はそれにくらべて貧弱に見える。これらはもちろん言語ではないが、非言語表現と言語表現とを正しく区別できない人びとが動物たちのこのありかたを見ると、動物では身ぶり言語のほうが音声言語よりも先行し優位にあるかのように思われてくる。このことと、未開の種族における身ぶり言語の優位という疑うべくもない事実とむすびつけると、言語はまず身ぶり言語として成立し、その後に音声言語が出現したという、身ぶり言語先行説はますます確信的なものとなる。

 マルクス主義は精神的な生活のありかたが究極的には物質的なありかたによって規定されると主張する。マールは身ぶり言語において手が使われることと、物質的な生活資料の生産において手が重要な役割を果していることとを直結して、「人間の言語生活の中心における手は、人類の労働生活による生産の中心における手と同じであった。」と主張した。マールの弟子たちは、これをマルクス主義言語理論だと主張し、マールの理論に反対するソ連の言語学者に「ブルジョア的反動的言語学者」のレッテルを貼った(4)。ソ連のポピュラーな科学読みものにも、この身ぶり言語先行説が浸透することとなった。

 人間は、はじめは、身ぶり手ぶりによって、後には、ことばによって話し合うことを覚えたのである。

 声によることばは、勝つには勝ったが、古代からの身ぶり手ぶりによることばをすっかり追い出してしまうことはできなかった。しかし、負けたものは勝ったものの下僕(げぼく)になったのである。(イリーン『人間の歴史』)

 がんらい、ことばは、はじめに、「手まねことば」・「身ぶりことば」として生まれたものだが、その頃は、まだ「手まねことば」・「身ぶりことば」のところから、そんなに進んでいなかった。だから、今から見れば、その頃の人間は、いつも歌い、いつもおどっていたようなものだ。また、そうしてことばを「あそび」に使った結果は、発音もひじょうにめんどうでむずかしいものにしてしまった。やばん人のことばと古代人のことばが、発音も、文法も、非常にふくざつでめんどうなのは、まったくこのためだ。(タカクラ・テル『ニッポン語』(5)

(4) マールの理論に対する弟子たちの態度と、パブロフの理論に対する弟子たちの態度とは、共通している。

(5) これではブリュールよりも後退しているといわなければならない。一九五〇年にスターリンがマールの身ぶり言語先行説を否定したとき、この筆者はたちまち豹変してしまい、口をぬぐってスターリン礼賛を述べ立てた。

(三浦つとむ『認識と言語の理論』に関する記事)

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