ことばとは何か(2)――言語と「言語langue」(PC版ページへ)

2006年10月31日04:32  言語>言語本質論

ことばとはなんであろうか。『一般言語学第三回講義』を読み終わった後、ここ何日間かあることが気にかかっていた。『一般言語学講義』とは違う語り口で率直に記されたその内容は確かにソシュールを再評価するきっかけにはなったが、しかし私にとってやはりソシュールはソシュールであった。私は彼の記述に肯(がえ)んずることはできない。「言語langue」は断じて言語ではない。このことである。

言語について研究するにはやはり現実に話され、書かれていることば・言語を第一義的な対象とするべきであるという私の考えは微塵も変わることはないだろう。ソシュールの言う「記号・シーニュ」は現実の語の反映である。現実の語のもつ社会的な性格つまり、使用される語に対する規範、その規範の認識が「シーニュ」であって、「シーニュ」の認識によって語が生まれるのではない。

いずれにせよ、ソシュールに対するきちんとした批判をするためにはもう少し考える必要がありそうである。哲学に対するには科学をもってしなければならない。ましてや科学をもって自任している哲学を批判するのは私のような凡才には荷が重い。

しかし、ある意味ではことは単純なのである。社会的な人間関係における人間の行動・言動・振る舞いの中から道徳という社会規範が生まれたように、現実の人間どうしのことばを通じた意思疎通の行動つまり言語活動の中から言語規範は生まれたのである。初めに道徳があって人間の行動が始まったのではないように、原初に言語規範が存在して人間がことばを話し始めたわけではない。そして、子供が周囲や自分の行動・言動を見聞きしそれを自ら体験する中で道徳という規範認識を獲得していくのと同じように、子供は社会の中で他者や自分の言語活動を経験し自らそれを実践する中で言語規範という規範認識を獲得するのである。

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