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とりとめのないこと [PC版ページへ]
2006/10/31 09:15

前稿ことばとは何か(2)――言語と「言語langue」で「ここ何日間かあることが気にかかっていた」と書いたがもちろん四六時中ずっとそうだったというわけではない。いつも通り考えるための時間ができたときにはという意味である。ここ数日は何を書こうと思ってもそのことが気にかかってことばについてはほかのことは後まわしになってしまったということであり、それに加えてここ一週間ほど『モンテ・クリスト伯』という大部の小説を読み返しているということもある。ブログの更新が滞っていることについてはいろいろと理由があるわけである。


かつて読んだ物語を読み返すということをするようになってもう何年になるだろうか。若い頃と違って少し前に読んだものさえすぐに内容を忘れてしまうから、前に読んだものでも新鮮な気持で楽しめるのである。新しいものを買う必要がないからある意味では有り難いことかも知れない。それに、以前読んだときに面白かったとかつまらなかったとかという記憶はもちろん残っているから、読み返すのは面白かったものに限られる。映画のビデオもそうである。外れがない分幸せでもある。

そうはいっても小説を読んだりビデオを見たりすることはけっこう時間を費やすものなので、物語モードや映画モードに入るとしばらくは他のことがおろそかになる。これはゲームモードについても言える。ゲームの場合は1か月から3か月はそれにはまりっきりになる。これは困ったことかも知れない。

さらに、物忘れというのは考え事に関しては非常に都合が悪い。自分で書いたことを忘れてしまうので、このブログの記事も何度も読み直さないと、気がつかずに同じことを書いているなどということも起こり得る。実際、やっているかも知れない。これも困ったことである。

話はがらりと変わる。

29日の日曜日にNHKのBS2で『吉田拓郎&かぐや姫 in つま恋 2006 総集編』という録画放送があった。コンサートは先月の23日に行われた。そのときはNHKのハイビジョンでライブ放送が行われたのだが、あいにく私のところではハイビジョンを受信できる環境がないので見ることができなかった。一月以上待たされた上にカットされた部分もあるようでちょっと残念ではあるが、まあ満足できる内容だった。

前回の『つま恋コンサート』からもう31年も経ったのかという感慨と、そのコンサートがきっかけで当時塾に来ていた子供から借りた録音テープやレコードが縁になって、結局拓郎やかぐや姫を聞くようになったということもあって、今回のコンサートを楽しみにしていた。拓郎やかぐや姫のファンは私よりも半世代から一世代下の人たちである(拓郎・かぐや姫は私より1〜3歳くらい年上だから、まあ同世代である)から、今回つま恋に再結集したファンの平均年齢が40代後半だという(息子や娘を連れてきた親もいたようである)のもうなずけるところ。

驚いたのは拓郎の声の張りが若い頃と変わっていなかったこと。そして、年取った歌手がかつての持ち歌を歌うときに、必ずといってよいほどやるのが声を溜めるということなのだが、正やん(伊勢正三)に多少その傾向がでていたものの他の3人、特に拓郎はかつての歌い方をそのまましていたこと。こうせつ(南こうせつ)も相変わらず(多少高音域が苦しそうであったし、声の張りに多少の衰えが感じられたが)の節回しのうまさをみせてくれたし、パンダさん(山田パンダ)もパンダ節の健在ぶりを見せていた。私は正やんの「置き手紙」とか「アビーロードの街」が好きであるが、往事の声質が衰えたようで残念。ただし、「22才の別れ」はさすがに聞かせてくれた。

というわけで、テレビに合わせて歌っている自分を見つけて久しぶりに楽しい一時を過ごした。



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