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プロフィール

Author:シカゴ・ブルース

1948年生れ。理科が好き。ことばについては子供のころからずっと関心を抱きつづけています。

〔08/01/08追記〕シカゴ・ブルースというハンドルネームは長いので、以後コメント等では単に シカゴ という略称を使います。

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『認識と言語の理論 I』を読む 1(1)――認識論と言語学

近頃は本を読んでもすぐに忘れてしまうので自分自身の覚えのために書いておきます。しかしながらこの根気がどれほど続くかまったく自信がないというのが本当のところです。やる気が失われないうちはとにかくボチボチとやっていきます。

三浦つとむ『認識と言語の理論』第一部「認識の発展」から
  第一章「認識論と矛盾論」「一 認識論と言語学との関係」。

続きを...▼読む▲隠す

〔注記〕 原著の傍点は読点または句点のように表記している。

三浦つとむ『認識と言語の理論 第一部』(勁草書房) p.3 

 科学の成立は、それまで哲学の名でよばれていた解釈学を克服し清算してしまう。自然科学の確立は、自然哲学を片づけてしまった。経済学の確立は、経済哲学を片づけてしまった。いまだに哲学と名のるものがくっついてまわっているような分野があるとすれば、それは科学と名のっていてもまだ真に科学の名に値しないことを暗示しているといっていい。法律学には法哲学なるものが、言語学には言語哲学なるものがそれぞれくっついてまわっているばかりでなく、法律学者あるいは言語学者も、この問題は法哲学に属するとか言語哲学に属するとか述べて、いわば下駄を預けている状態にある。しかも、それではいけないのだという反省さえ見られないのである。では、この哲学に下駄を預けている問題はどんな問題かというと、それは精神活動に関する問題である。法律は国家の意志という特殊な認識として成立する。言語は話し手や書き手の頭の中にまず訴えようとする思想や感情が成立し、それから音声や文字を創造する活動がはじまるのである。法律学あるいは言語学が、いまだに哲学と名のるものによりかからなければならないのは、認識についての科学的な理論を持たないためであって、この理論を持つことによって真に科学の名に値するものになるであろう。それゆえ、本書はまず言語学にとって必要な認識論を述べてから、言語についての理論に入っていくことにする。

言語はある個人の認識を他の個人に伝えるための物質的・物理的媒介物である。個人の認識として存在する思想や感情を直接他の個人に伝えることは不可能であるからそれをなんとか伝えるための媒介物として人類は言語(他の表現も)を創り出した。したがって人間が認識をいかにして言語という形態に変換し、また言語という形態からいかにして認識という形態を再形成するのかを知るためには、人間の認識がいかなるものであるのかという科学的な研究が必要になる。つまり科学的な言語学の確立にはまず科学的な認識論の確立が不可欠だと三浦は言っている。上は本書『認識と言語の理論』第一部は科学的認識論の書であるという三浦の宣言でもある。

同上 p.3〜 

 人間の認識は社会的なものである。これは何も、認識が個々の人間の頭の中に成立することを否定しはしない。たしかに認識は、客観的に存在している現実の世界のありかたを、個々の人間が目・耳その他の感覚器官をとおしてとらえるところにはじまるのである。認識は現実の世界の映像であり模写であって、たとえどのような加工が行われたとしてもその本質を失うことはないし、脳のはたらきとして個々の人間の頭の中にしか存在しない。それにもかかわらず認識を社会的なものと理解しなければならぬのは、個々の人間の認識が交通関係に入り込むからである。人間はその物質的生活において、交通関係をむすんでいる。他の人間の労働の対象化されたものが、場所を移動して自分のところへやってくるし、自己の労働の対象化されたものも同じように他の人間のところへ届けられている。そしてこれらを使用したり消費したりして生活を生産している(1)。そしてこの生活を生産するためには、精神的にもやはり交通関係をむすんで、他の人間の認識を自己の認識に受けとめたり自己の認識を他の人間に伝えたりしなければならない。現にわれわれは、尨大(ぼうだい)な言語にとりまかれながら生活している。音声言語の流れが渦まき、文字言語がいたるところで訴えかけ積み上げられて手にされるのを待っている。地球の裏側に生活している人々も、国際電話で精神的な交通をすることが可能になっている。われわれはこれらと関係をむすび、また自己の側からも音声や文字を創造して関係をつくり出していく。人間はこのようにして精神的に相互につくり合っている。別のいいかたをすれば、他の人間の認識を自己の頭に受けとめることによって認識がさらに広く深くなるのであるから、自己の認識は他人的になることによって自己として成長していくのである。これが社会的という意味である。他人の認識は精神的な交通によって自己に統一され、正しく調和し融合していくのであるから、ここに矛盾が正しく調和したものとして形成され発展していくとも見なければならない。

(1) 「もろもろの個人は、たしかに肉体的にも精神的にも相互につくり合う」(マルクス=エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』)のであるが、生活の生産とはこの人間自身の生産を含む概念である。これは「活動を相互に交換し合う」(マルクス『賃労働と資本』)ことによって行われ、対象化された労働の場所の移動すなわち交通関係もまた広い意味で生活の生産関係の一部を構成することになる。ただし、精神的な活動を相互に交換し合いつくり合うのは、物質的な活動のそれと区別しなければならない。精神が一個の実体として頭からぬけ出し、場所を移動して他の人間の頭へ入りこむのではないからである。

社会的な動物である人間は「肉体的にも精神的にも相互につくり合」って生きている。諸個人は対象化された労働である物質的な生産物の交換によって肉体的に相互につくり合うだけではなく、精神的な労働が対象化された精神的な生産物である認識を交換することによって精神的にも互いにつくり合っている。交通とはこのような物質的生産物・精神的な生産物が移動することである。しかし精神的な生産物である認識は個人の頭から抜け出して他の個人の頭の中に直接入り込むことはできない。つまり認識は認識そのものとして移動することは不可能なのである。この矛盾を解決するために人間は言語を始めとするさまざまな表現を創造し、それらの物質的・物理的な形態(形象)を介して認識を交換し合うことによって精神的につくり合っている。社会的とはこのように諸個人が交通関係を通じて肉体的・精神的に互いにつくり合うことをいう概念である。

同上 p.4〜 

 尨大で多種多様の言語のありかたを大別すると、実用的な言語と観賞用の言語の二つになる(2)。駅のスピーカーから流れ出るアナウンスは実用的な言語で、ラジオのスピーカーから流れ出る落語や漫才は観賞用の言語である。多くの数式をふくんだ抽象語を展開して、目に見ることのできぬ極微の世界についての理論的な認識を述べた自然科学の論文は、実用的な言語の一つのありかたであり、作家の奔放な空想の世界を展開して、さまざまな事件のからみ合いを目の前に見るように語りながら複雑微妙な登場人物の心の動きを追っていく長編小説は、観賞用の言語の一つのありか